万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

カテゴリ: 万葉集巻三

万葉集 巻三 249 柿本朝臣人麻呂の旅の歌八首

御津の崎 波を恐み 隠り江の 舟公宣奴嶋尓

 
歌の第四句以下は、現在に至るまで解読不可能 (新日本古典文学大系 萬葉集 岩波書店)
とされている。
 題詞については、
「羇旅の歌八首」は、瀬戸内海の旅の歌である。摂津国・播磨国と淡路島西海岸の地名が多く詠まれているが、配列の順序については明解を得ない。
と解説されている。(新日本古典文学大系 萬葉集 岩波書店)

万葉集 巻三 248 また長田王が作った歌一首

隼人の 薩摩の瀬戸を 雲居なす 遠くもわれは 今日見つるかも
はやひとの さつまのせとを くもいなす とおくもわれは きょうみつるかも

<私が考えた歌の意味>
隼人の住む薩摩の瀬戸が遠くに見える。
まだはるかかなたの雲を見るように遠くではあるが、あれは薩摩の国だ。
今日、薩摩の国が見える所まで、はるばるたどり着いたのだ。

万葉集 巻三 247 石川大夫(いしかわのだいぶ)が唱和した歌一首

沖つ波 辺波立つとも 我が背子が み船の泊まり 波立ためやも
おきつなみ へなみたつとも わがせこが みふねのとまり なみたためやも

<私の想像を加えた歌の意味>
沖の方には波が立っているようです。
岸辺にも波が立っています。
でも、御心配はいりません。
あなたのお船の進む航路にも、到着する港にも波の立つことはありません。
あなたの船旅の無事を信じています。

万葉集 巻三 246 長田王(ながたのおおきみ)が筑紫に遣わされ、水島に渡る時の歌二首(245・246)

芦北の 野坂の浦ゆ 船出して 水島に行かむ 波立つなゆめ
あしきたの のさかのうらゆ ふなでして みずしまにいかん なみたつなゆめ

<私の想像を加えた歌の意味>
今回の長旅はここまで無事であった。
水島の神々しい雰囲気も感じられるようになってきた。
さあ、これから船出する。
船出するのは、芦北の野坂の湾。
あとは水島に到着を待つばかり。
水島までの船旅は、波が荒くなるようなことが決してないことを願う。

万葉集 巻三 245 長田王(ながたのおおきみ)が筑紫に遣わされ、水島に渡る時の歌二首

聞きしごと まことに貴く 奇しくも 神さびをるか これの水島
ききしごと まことにとうとく くすしくも かんさびおるか これのみずしま

<私の想像を加えた歌の意味>
水島が見えてきた。
なんと神々しい所だ。
今までいろいろと聞いていた通りに貴い雰囲気が漂っている。

<歌の感想>
 作者の感動は強くないような気がする。水島という地を褒め上げなければならないような事情の下に詠んだ短歌と感じる。

万葉集 巻三 244 或る本の歌一首

み吉野の 三船の山に 立つ雲の 常にあらむと 我が思はなくに
みよしのの みふねのやまに たつくもの つねにあらんと わがおもわなくに

<私の想像を加えた歌の意味>
み吉野の三船の山の頂上には、いつも雲が湧き起っている。
あの雲は、季節を問わず、時を問わず、何百年と湧きたなびているのであろう。
あの雲のように、私の命が命がいつまでもあるとは思えない。
私の命は、限りあるはかないものだ。

<歌の感想>
 注釈書では、242の「居る雲の」の方が常住性が描かれていて、優れているとするものもある。私は、「立つ雲の」の方が、姿を変えながらもいつも雲が山頂にかかっている景色を想像できて、意味を理解しやすい。

万葉集 巻三 243 春日王が答え奉った歌一首

大君は 千歳にまさなむ 白雲も 三船の山に 絶ゆる日あらめや
おおきみは ちとせにまさなん しらくもも みふねのやまに たゆるひあらめや

<私の想像を加えた歌の意味>
いつまでもこの世にはいないなどと仰せになることはありません。
三船の山の頂には白い雲がいつまでもかかり続けます。
皇子様も三船の山の白い雲のように、千年もおすこやかでいらっしゃるにちがいありません。

<歌の感想>
 理屈でつくろっているように感じもする。しかし、242から感じられる弓削皇子の吉野の景色をすなおに楽しめない心持を、答える歌で、変えようとしていることが感じられる。

万葉章 巻三 242 弓削皇子の吉野に遊ばれたときの御歌一首

滝の上の 三船の山に 居る雲の 常にあらむと 我が思はなくに
たきのうえの みふねのやまに いるくもの つねにあらんと わがおもわなくに

<私が考えた歌の意味>
吉野川の急な流れのほとりに三船の山がそびえる。
その三船の山の上には雲が動かずにかかっている。
あの雲も、いつまでも同じところいることはない。
私も、あの雲のようにこの世にいつまでもいるとは思わない。

<私の想像を加えた歌の意味>
吉野川の急流は絶え間なく流れ続ける。
吉野川のほとりには、三船の山がそびえている。
三船の山の頂上には、雲が動かずにかかっている。
あの雲も、いつかは消えてしまう。
私も、あの雲のようにいつかは消えてしまう。
人は、この世に生まれ、滅びゆくものだ。
私は、いつこの世から消えても不思議ではないと思う。

万葉集 巻三 241 或る本の反歌一首

大君は 神にしいませば 真木の立つ 荒山中に 海をなすかも
おおきみは かみにしいませば まきのたつ あらやまなかに うみをなすかも

<私の想像を加えた歌の意味>
皇子様が、大木の生い茂っている山の中に、海のように大きな池を作られた。
我が皇子様は、山の中に海を作ることさえできる。
我が皇子様は、神と同じ力をもっておられるから、こんなことができるのだ。

万葉集 巻三 240 反歌一首  長皇子(ながのみこ)が猟路の池に狩猟に行かれた時、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌(239 240)

ひさかたの 天行く月を 網に刺し 我が大君は 蓋にせり
ひさかたの あまゆくつきを あみにさし わがおおきみは きぬがさにせり

<私の想像を加えた歌の意味>
皇子の背後に月が見えている。
皇子様は、なんともえらいものだ。
夜空の月を、鳥を捕る網でとらえたように、ご自分の背後の装飾にされている。

<歌の感想>
 この歌(長歌と反歌)を聞いた皇子は、満足の笑みを浮かべ、その場の臣下の者たちは、なるほどその通りだ、とおおいに納得している様子が感じられる。

万葉集 巻三 239 長皇子(ながのみこ)が猟路の池に狩猟に行かれた時、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌

やすみしし わが大君 高光る わが日の皇子の 
やすみしし わがおおきみ たかひかる わがひのみこの

馬並めて み狩立たせる 若薦を 猟路の小野に
うまなめて みかりたたせる わかこもを かりじのおのに

鹿こそば い這ひ拝め 鶉こそ い這ひもとほれ
ししこそば いはいおろがめ うずらこそ いはいもとおれ

鹿じもの い這ひ拝み 鶉なす い這ひもとほり
ししじもの いはいおろがみ うずらなす いはいもとおり

恐みと 仕へまつりて ひさかたの 天見るごとく
かしこみと つかえまつりて ひさかたの あめみるごとく

まそ鏡 仰ぎて見れど 春草の いやめづらしき
まそかがみ あおぎみれど はるくさの いやめずらしき

わが大君かも
わがおおきみかも 

<私の想像を加えた歌の意味>
長皇子が、馬を並べて、狩猟にお出になられる。
獲物の鹿、猪、鶉は、長皇子の前にひれ伏してしまうだろう。
獲物だけでなく、我ら家臣も、皇子のお姿の前にひれ伏してしまう。
若々しく慕わしい皇子様だ。

巻三 238 長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)が天皇の仰せに答え奉った歌一首

大宮の 内まで聞こゆ 網引すと 網子ととのふる 海人の呼び声
おおみやの うちまできこゆ あびきすと あごととのうる あまのよびごえ

<私の想像を加えた歌の意味>
宮殿の奥まった部屋は、天皇陛下が穏やかにお過ごしになり、いつも静かです。
いつもは静かな宮殿の奥まで聞こえてきます。
網を引く人々を指揮する漁夫の声が。
海の豊かな幸にも恵まれ、陛下の治めるこの国はますます栄えます。

巻三 237 志斐の嫗が答え奉った歌

否と言へど 語れ語れと 詔らせこそ 志斐いは奏せ 強ひ語りと言ふ
いなといえど かたれかたれと のらせこそ しいいはまおせ しいかたりという

<私が考えた歌の意味>
私は、いやですと言うのに、語ってと何度も仰せになるので、志甲のおばばはお話してあげたのですよ。
それを、いまさら、無理に話して聞かせたなんて、おっしゃるのですね。

<私の想像を加えた歌の意味>
陛下もずいぶんとおとなになられたことですね。
話して、話して、このおばばにねだっていたのに、それを、おばばが無理に語ったと言うようになったのですね。
しかも、それを上手に、歌に詠み込むなんて。

巻三 236 天皇が志斐の嫗に遣わされた御歌一首

否と言へど 強ふる志斐のが 強ひ語り このころ聞かずて 朕恋ひにけり
いなといえど しうるしいのが しいかたり このころきかずて あれこいにけり

<私の想像を加えた歌の意味>
何回も聞かされて、もう聞くのも飽きてしまった志斐の婆さんの話をこの頃は聞くことがなくなってしまった。
私は政務に忙しく、また、婆さんは老いてしまったのだろう。
何度も聞いた話だが、久しぶりに婆さんのあの話を聞いてみたくなった。

<歌の感想>
 次の237との掛け合いのおもしろみが主眼なのだろう。
 どのような「語り」で、天皇と「志斐の嫗」がどのような関係なのかは、想像するしかないが、なんとなくその場の様子が伝わって来るような短歌だ。

万葉集 巻三 235 天皇が雷岳にお出ましの時、柿本朝臣麻呂が作った歌

大君は 神にしいませば 天雲の 雷の上に 庵りせるかも
おおきみは かみしいませば あまくもの いかずちのうえに いおりせるかも

<私が考えた歌の意味>
天皇様は、雷岳でお泊りになられる。
天皇様は神でいらっしゃるので、天空の雷のさらにその上に庵を作られ、お泊りになることだ。

<私の想像を加えた歌の意味>
雷岳まで、お出ましになられた天皇陛下は、今宵は、ここでお泊りになる。
雷岳と聞けば、天を切り裂く雷を思い浮かべる。
その天の雷の上に、旅の仮寝をなさる庵をお作りになる。
天皇陛下は、神であられるので、雷岳、すなわち雷の上の庵でお休みになられるのだ。

<歌の感想>
 人麻呂の時代であっても、実際にこのように感じているのではないと思う。だが、単に儀礼的に褒めたたえている感じもしなければ、地名からの言葉遊びだけという感じもしない。それよりは、天皇の行為をいかに権威づけるかに工夫を凝らしている作者を感じる。

巻三 401

大伴坂上郎女、親族を宴する日に吟ふ歌一首
おおともさかのうえのいらつめ、うがらをえんするひにうたううたいっしゅ

山守りが ありける知らに その山に 標結ひ立てて 結ひの恥しつ    
やまもりが ありけるしらに そのやまに ゆいゆいたてて ゆいのはじしつ    



 万葉集の特徴は、素朴で力強く、技巧や理屈にはしらない歌風と思い込んできた。
 だが、そうではない歌も数多い。そして、定型的で儀礼的なやりとりに終始している作品からも、かえってその作者の生き生きとした姿が浮かんでくるように思う。
 401の作も歌をやり取りした相手との関係や、前後の事情を調べた解説を併せて読むと、次のように感じられる。

あの山がもう別の人の所有になっていて、山の管理人さえ置いていたことをちっとも知りませんでした。
知らぬこととはいいながら、私が先に見つけたと思い込んで、私有地という印をつけてしまいました。
先走って、よく調べもしないで、ああ、なんて恥ずかしいことをしてしまったのかしら。

 この作には、次のような背景があるということだ。

私の娘の婿には、あの人がよいと勝手に決めて、そのための準備をいろいろと始めました。
ところが、よくよく聞いてみると、あの男性にはもう愛人がいて、そのことは世間ではよく知られたことというじゃありませんか。
あの人を娘の夫になどと、他の人にも言ってしまい、本当に先走って、恥ずかしいたらありません。

 娘の結婚相手を、見誤っていることを、周囲の人は教えてくれなかったのであろう。その男に既に愛人がいたことを偶然耳にした作者は、恥ずかしいというよりも腹の立つ思いだった。その恥ずかしさや腹立ちを、宴会の席でさらりと歌にして、周囲に示した。
 この歌を見た人たちは、あれっ、こんなことがあったのか、とはじめは不審な顔をした。だが、ああこれは、あのことだな、とだんだんに気づきはじめた。「結ひの恥」が山のことではなく、娘の結婚相手と見込んでいた男のことであろうとわかってくる。そうすると、その場の人々は、彼女の歌の巧さを褒める雰囲気になった。そういう様子が想像できる。
 身分が高く、教養も権力もある作者が、自分の恥をさらしつつ、面目を取り戻した気持ちになっているのを感じる。



巻三 402

大伴宿禰駿河麻呂の即和ふる歌一首
おおとものすくねするがまろのすなわちこたうるうたいっしゅ

山守りは けだしありとも 我妹子が 結ひけむ標を 人解かめやも
やまもりは けだしありとも わぎもこが ゆいけんしめを ひととかめやも 


たとえ他人の所有で管理人を置いていたとしても、あなたがつけさせた私有地の印を、外す人がいるでしょうか。
後から印をつけた方が大伴坂上郎女様と知れば、前の持ち主はそこを明け渡すにきまっていますよ。

 この作も解説を参考にすると、娘の婿にと見込まれていた本人の作だとする説もある。そうなると、当然に結婚の相手についての話になり、いろいろな想像ができそうである。
 原文からは離れてしまうが、なかなかに複雑で裏のある事柄が歌によって表現されている。

※解釈、解説は諸説ある。私は、自分にとって分かりよいものを参考にしている。

木綿畳手に取り持ちてかくだにもわれは祈ひなむ君に逢はじかも
大伴坂上郎女

ゆうだたみ てにとりもちて かくだにも われはこいなん きみにあわじかも
おおとものさかのうえのいらつめ


気持ちを集中させてこんなにも一心不乱にお祈りをしています。
天候の順調を願い、作物の豊作を願い、一族の繁栄を願い、あらゆることがうまくいくように全身全霊で祈りました。
でも、そんなにすべてがうまくいくものでしょうか。
だいたい、私にふさわしい男性が現れてほしいという、私一人の願いさえ叶いそうもありませんから。

※私の勝手な受け取り方です。しばらく、万葉集で最も多くの歌を残している女性である大伴坂上郎女の作品を読んでみます。

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