万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

カテゴリ: 万葉集巻二

万葉集 巻二 234 或る本の歌に言う(233~234)三笠山 野辺行く道 こきだくも 荒れにけるかも 久にあらなくにみかさやま のべゆくみち こきだくも あれにけるかも ひさにあらなくに<私の想像を加えた歌の意味>亡き親王様の御所へと通じていた三笠山の野原の道を…
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万葉集 巻二 233 或る本の歌に言う(233~234)高円の 野辺の秋萩 な散りそね 君が形見に みつつ偲はむたかまとの のべのあきはぎ なちりそね きみがかたみに みつつしぬわん<私の想像を加えた歌の意味>高円の野辺に萩が咲く頃となった。亡くなった親王は、この…
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万葉集 巻二 232 霊亀元年(715)秋九月に、志貴親王が亡くなった時に作った歌一首と短歌(230~232)三笠山 野辺行く道は こきだくも しげく荒れたるか 久にあらなくにみかさやま のべいくみちは こきだくも しげくあれたるか ひさにあらなくに<私が考えた歌の…
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万葉集 巻二 231 霊亀元年(715)秋九月に、志貴親王が亡くなった時に作った歌一首と短歌(230~232)高円の 野辺の秋萩 いたづらに 咲きか散るらむ 見る人なしにたかまとの のべのあきはぎ いたずらに さきかちるらん みるひとなしに<私が考えた歌の意味>秋に…
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万葉集 巻二 230 霊亀元年(715)秋九月に、志貴親王が亡くなった時に作った歌一首と短歌(230~232)梓弓 手に取り持ちて ますらをの さつ矢手挟みあずさゆみ てにとりもちて ますらおの さつやたばさみたち向かふ 高円山に 春野焼く 野火と見るまでたちむかう…
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万葉集 巻二 229 和銅四年(七一一)、河辺宮人が姫島の松原で若い娘の屍を見て、悲しみて作った歌二首(228・229)難波潟 潮干なありそ ね沈みにし 妹が姿を 見まく苦しもなにわがた しおひなありそ ねしずみし いもがすがたを みまくくるしも<私の想像を加えた…
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万葉集 巻二 228 和銅四年(七一一)、河辺宮人が姫島の松原で若い娘の屍を見て、悲しみて作った歌二首(228・229)妹が名は 千代に流れむ 姫島の 小松がうれに 蘿生すまでにいもがなは ちよにながれん ひめしまの こまつがうれに こけむすまでに<私が考えた歌の…
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万葉集 巻二 227 或る本の歌に言う天ざかる 鄙の荒野に 君を置きて 思ひつつあれば 生けるともなしあまざかる ひなのあらのに きみをおきて おもいつつあれば いけるともなし<私が考えた歌の意味>遠く離れた荒野で亡くなったあなたを、そのままにしておくしかあ…
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万葉集 巻二 226 丹比真人(名は不明)が柿本人麻呂の心中を推察して、代わって答えた歌一首荒波に 寄り来る玉を 枕に置き 我ここにありと 誰か告げけむあらなみに よりくるたまを まくらにおき われここにありと たれかつげけん<私が考えた歌の意味>荒波の打ち…
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万葉集 巻二 225 柿本朝臣人麻呂が死んだ時に、妻の依羅娘子(よさみのをとめ)が作った歌二首(224~225)直の逢ひは 逢ひかつましじ 石川に 雲立ち渡れ 見つつ偲はむただのあいは あいかつましじ いしかわに くもたちわたれ みつつしのわん<私が考えた歌の意味…
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万葉集 巻二 224 柿本朝臣人麻呂が死んだ時に、妻の依羅娘子(よさみのをとめ)が作った歌二首(224~225)今日今日と 我が待つ君は 石川の 峡に交じりて ありといはずもきょうきょうと あがまつきみは いしかわの かいにまじりて ありといわずも<私が考えた歌の…
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万葉集 巻二 223 柿本朝臣人麻呂が石見国にあって死ぬ時に、自ら悲しんで作った歌一首鴨山の 岩根しまける 我をかも 知らにと妹が 待ちつつあるらむかもやまの いわねしまける われをかも しらにといもが まちつつあらん<私が考えた歌の意味>鴨山の山中で動けな…
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万葉集 巻二 222 讃岐の挟岑(さみね)の島で、岩の間の死人を見て、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌(220~222)沖つ波 来寄する荒磯を しきたへの 枕とまきて 寝せる君かもおきつなみ きよするありそを しきたえの まくらとまきて なせるきみかも<私の想像…
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万葉集 巻二 221 讃岐の挟岑(さみね)の島で、岩の間の死人を見て、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌(220~222)妻もあらば 摘みて食げまし 沙弥の山 野の上のうはぎ 過ぎにけらずやつまもあらば つみてたげまし さみのやまの ののうえのうわぎ すぎにけらず…
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万葉集 巻二 220 讃岐の挟岑(さみね)の島で、岩の間の死人を見て、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌(220~222)玉藻よし 讃岐の国は 国からか 見れども飽かぬたまもよし さぬきのくには くにからか みれどもあかぬ神からか ここだ貴き 天地 日月とともにか…
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万葉集 巻二 219 吉備津采女が死んだ時に、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌 (217~219)※以前の記事を改めた。 そら数ふ 大津の児が 逢ひし日に 凡に見しくは 今ぞ悔しきそらかぞう おおつのこらが あいしひに おおにみしくは いまぞくやしき<私の想像を…
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万葉集 巻二 218 吉備津采女が死んだ時に、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌 (217~219)※以前の記事を改めた。楽浪の 志賀津の児らが 罷り道の 川瀨の道を 見ればさぶしもささなみの しがつのこらが まかりじの かわせのみちを みればさぶしも<私の想像を…
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