万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。 私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

カテゴリ: 万葉集

万葉集 巻一 69

草まくら 旅行く君と 知らませば 岸の羽生に にほはさましを
くさまくら たびゆくきみと しらませば きしのはにゅうに におわさましを

<私が考えた歌の意味>
旅へ行くあなたと知っていたならば、やってあげたいことがありました。
それは、住吉の岸の黄土色の土で、衣をお染めすることです。

<私の想像を加えた歌の意味>
こんなに早くお発ちになるとは思っていませんでした。
それが前から分かっていましたら、もっといろいろな所をご案内したかったのですよ。
住吉の岸へもご一緒したかったのに。
こんなに短い間しかお泊りにならないなんて、残念です。

<歌の感想>
 「にほはさましを」は、黄土で衣を染めてさしあげること、と解説されている。それが、どんなことを指すのかはよく分からない。
 行幸に伴う旅がどの程度辛いものなのか、あるいは、楽しいものなのかも、実態をつかむことは難しい。
 分からないことは、分からないこととして味わっていきたいと思う。
 そう考えるて、衣を染めるととらえるよりは、名所に一緒に行きたかったと、現代の感覚に引き寄せてみた。また、「草まくら」という枕詞も、現代ではイメージが湧かないので、単に音調とリズムを整えるものとして味わった。

万葉集 巻一 68

大伴の 御津の浜なる 忘れ貝 家なる妹を 忘れて思へや
おおともの みつのはまなる わすれがい いえなるいもを わすれておもえや

<私が考えた歌の意味>
大伴の浜に忘れ貝が落ちている。
忘れ貝とは言うが、私が忘れることなどあるだろうか。
家に残してきた妻のことを。

<私の想像を加えた歌の意味>
貝殻が浜に落ちている。
これが忘れ貝だ。
忘れ貝という呼び方を聞くと、かえって思い出してしまう。
今ごろ、家にいる妻はどうしているだろう。
私は、大伴の浜に来ている。
いくら離れていても、妻のことは片時も忘れることはない。

万葉集 巻一 67

旅にして もの戀しきに、家言も 聞こえざりせば 戀ひて死なまし
たびにして ものこいしきに いえごとも きこえざりせば こいてしなまし

口訳萬葉集 折口信夫 より
 旅に出て居て、故郷のことが気にかかる時分に、家からのたよりが来た。もしこんな時に、家からの消息さへも聞こえて来なかったら、何の慰めることもなく、ひたすら戀しさに、焦がれ死んでしまふことであらう。

※新日本古典文学大系 萬葉集 岩波書店 では、二・三句目原文解読困難とある。書き訓し文と訳は、口訳萬葉集に拠った。

万葉集 巻一 66

大伴の 高師の浜の 松が根を 枕き寝れど 家し偲はゆ
おおともの たかしのはまの まつがねを まくらきぬれど いえししのわゆ

<私が考えた歌の意味>
大伴の高師の浜の松の根元で寝ようとしている。
ここは風光明媚な所だけれど、思うのは家のことばかりだ。

<私の想像を加えた歌の意味>
大伴の高師の浜というと、一度は見てみたいとされる名所だ。
その浜の松の根元で、旅の一夜を過ごそうとしている。
せっかく旅に来ていながら、家のことが恋しくてしかたがない。
妻は、今ごろはもう寝たであろうか。

<歌の感想>
 滅多に来れないような遠方の地に来ていながら、旅先で考えるのは家のことばかりというのは、現代でも同様だ。そして、その心境は旅先にいるからこそ、表現できるのであろう。
 行幸の一員となるのは、現代の観光旅行とは違うであろう。命じられての旅であり、任務を帯びた旅の要素が強いと考えられる。そうなると、留守にしている故郷のことが恋しいのはなおさらだ、と感じる。

万葉集 巻一 65

霰打つ 安良礼松原 住吉の 弟日娘と 見れど飽かぬかも
あられうつ あられまつばら すみのえの おとひおとめと みれどあかぬかも

<私が考えた歌の意味>
安良礼松原の景色を、住吉の弟日娘と一緒に見ている。
いくら見ていても飽きることがない。

<私の想像を加えた歌の意味>
美しく、しかも話の受け答えも上手な娘に出会った。
こんな鄙びた所に、こんな娘がいるとは思わなかった。
娘の名は、住吉のおとひおとめ。
この娘と一緒に、あられ松原の景色を眺めた。
この娘と一緒なので、景色を眺めていても見飽きるということがない。

<歌の感想>
 この短歌も、地名と、乙女がどこの人であるかが焦点なのだろう。普段は来ることのない地名が読み込まれ、さらにそこでの出来事が表現されているところが優れている、ととらえられたのだと思う。

万葉集 巻一 64

葦辺行く 鴨の羽がひに 霜降りて 寒き夕は 大和し思ほゆ
あしへゆく かものはがいに しもふりて さむきゆうへは やまとしおもおゆ

<私が考えた歌の意味>
葦の水辺に浮かぶ鴨の羽の合わせ目に霜が降りている。
こんな寒い夕べは、大和のことが一段と思い出される。

<私の想像を加えた歌の意味>
寒い夕べだ。
この寒さでは、葦の水辺に浮かぶ鴨の羽に霜が降りているだろう。
鴨の色とりどりの羽が白くなっているのが目に浮かぶ。
この夕べ、大和で、妻はどうしているだろう。
この地と同じように寒いだろうか。
こんな夕べは、大和のことが思い出されてならない。

<歌の感想>
 鴨の羽に霜が降りている様子を、実際に見ることはなかなかないことだ。しかし、寒くて霜の降りた日にじっと水に浮かんでいる鴨を見ることはよくある。そう考えると、作者志貴皇子が水辺で鴨を見ながら、大和を思っているととらえなくてもよいと感じる。
 むしろ、「葦辺行く鴨の羽がひに霜降りて」は、「寒き夕べ」を導き出すための句であろう。そして、この句は、寒い夕べだけでなく、故郷のことを思わずにいられない心境をも導き出している、と感じる。

万葉集 巻一 63 山上憶良

いざ子ども 早く大和へ 大伴の 御津の浜松 待ち恋ひぬらむ
いざこども はやくやまとへ おおともの みつのはままつ まちこいぬらん

<私が考えた歌の意味>
さあ、皆の者、早く大和へ帰ろうではないか。
大伴の御津の浜松が、私たちの帰りを待ちわびているでしょうから。

<私の想像を加えた歌の意味>
いよいよ大和へ戻る日がきました。
遣唐使としての任務も果たせました。
今は、大和へ無事に戻ることが使命です。
大伴の御津の浜を思い出します。
浜の松の「まつ」の言葉通り、大和では我々の帰還を多くの人々が「待ち」わびていることでしょう。
さあ、みなさん、いよいよ帰還の船出です。

<歌の感想>
 山上憶良の長歌と短歌には、人々を前にした挨拶や演説の要素を感じる。この短歌も、遣唐使の一団を前にして、旅の一行の責任者として、出発の言葉を述べている様子が思い浮かぶ。
 決まりきった挨拶の言葉ではなく、この歌が朗詠されたら、聴いている人々は拍手喝采であったことだろう。

万葉集 巻一 62

ありねよし 対馬の渡り 海中に 幣取り向けて はや帰り来ね
ありねよし つしまのわたり わたなかに ぬさとりむけて はやかえりこね

<私が考えた歌の意味>
船を進めて、対馬海峡を通る際には、旅の無事を祈って神への供え物をなさってください。
神のご加護の下、無事に早く帰って来てください。

<私の想像を加えた歌の意味>
長く危険な船旅がこれから始まります。
無事に役目を終えられ、戻って来られることを祈っています。
海路、対馬に差しかかったら、海の神様へ、お供え物をするのを忘れないでください。
そうするならば、海の神様が守ってくださるでしょう。
神のご加護を得て、無事に早く戻って来ることを願っています。

<歌の感想>
 「ありねよし」は、意味の分からない語とされている。「対馬」が現在はどこを指すのか、はっきりとは分からない。「幣取り向けて」は、具体的にはどんな行為なのかは、注釈書から想像するしかない。
 分からないことが多いのに、作者の気持ちは伝わってくる。古代であっても、神の力だけに頼っているのではないと思う。船の中で、辛い状況かもしれないが、神への祈りと供物を忘れないようにと、船の一行のことを心配している。そして、とにかく、無事に早く帰って来てください、という作者の気持ちを感じる。

万葉集 巻一 61

ますらをの さつ矢たばさみ 立ち向かひ射る 的形は見るにさやけし
ますらおの さつやたばさみ たちむかいいる まとかたはみるにさやけし

<私が考えた歌の意味>
的形という地名の的は、武人が矢を手に挟んで、射ようと向かっている的とつながりがある。
その的形の風景を見てみると、地名にふさわしく清々しい。

<私の想像を加えた歌の意味>
ここは、的形だ。
的形の景色は、見るからに清々しい。
的形というのは、おもしろい地名だ。
的形の的は、弓で射る的と同じだ。
強くて立派な男が矢を手に挟んで、射ようとしている姿が思い浮かぶ。
そう思うなら、的形の風景が、より男らしく力づよいものに見えてくる。

万葉集 巻一 60

宵に逢ひて 朝面なみ 名張にか 日長き妹が 庵せりけむ
よいにあいて あしたおもなみ なばりにか けながきいもが いおりせりけん 

<私が考えた歌の意味>
妻が旅に出てから、もうずいぶんと日数が経った。
旅先の妻は、今頃は名張の辺りで仮の小屋に泊まっていることだろう。
その「名張」は、一夜を共に過ごした女性が朝には恥ずかしがって隠れるように振舞うこと、すなわち「なばる」に通じている。

<私の想像を加えた歌の意味>
今頃、妻は名張の辺りに泊まることだろう。
名張という地名を聞くと、一緒に寝た女性が朝は恥ずかしがって隠れること「なばる」を連想する。
旅に出ている妻も、朝に恥ずかしがる様子を見せていたものだ。
妻が旅に出てから、日にちが過ぎれば過ぎるほど逢いたい思いが強くなる。

<歌の感想>
 妻を恋しく思っている気持ちを想像してみたが、地名の由来や地名から連想できることに興味があるだけかもしれない。行幸に伴う短歌で、地名をいかに詠み込むかは、重要なことであったと感じる。

万葉集 巻一 59

流らふる われ吹く風の 寒き夜に わが背の君は ひとりか寝るらむ
ながらうる われふくかぜの さむきよに わがせのきみは ひとりかねるらん

<私が考えた歌の意味>
留守を守っている私に寒い風が吹いてくる夜です。
旅先の大切なあなたは、風の吹く寒い夜に、一人で寝ているでしょう。

<私の想像を加えた歌の意味>
あなたが旅に出て、もうずいぶんと日数が過ぎました。
今晩のように風の強い夜は、家にいる私も寒さが身に染みます。
旅先のあなたは、私よりももっと寒々しい思いで、一人の夜を過ごしているのでしょう。

万葉集 巻一 58

いづくにか 船泊てすらむ 阿礼の崎 漕ぎたみ行きし 棚なし小舟
いずくにか ふなはてすらん あれのさき こぎたみいきし たななしおぶね

<私が考えた歌の意味>
阿礼の崎を漕ぎめぐっていたあの小舟は、今ごろは、どこの海岸に着いたろうか。

<私の想像を加えた歌の意味>
棚なし小舟が、阿礼の崎をゆっくりと航行していた。
阿礼の崎の風景を楽しみながら、船旅をしていたのだろう。
あの小舟は、今ごろはどこかに停泊していることだろう。
小舟の姿が見えなくなった阿礼の崎は、いつもに変わらぬ景色を見せている。

<歌の感想>
 時間の経過に注目すると、棚なし小舟が見えていたのは過去のことだ。現在見えているのは、船の姿のない阿礼の崎だ。そして、あの見えていた小舟はどこに停泊しているだろう、と距離的に離れた所を推測している。
 このように考えると、さらに想像が膨らむ。
 作者は、この小舟に乗っているのではないか。船は、阿礼の崎を巡って、今は目的地に停泊している。そういう状況で、我々の小舟を海岸から眺めていれば、きっとこのように見え、感じられると、表現していると考えてみた。

万葉集 巻一 57

引馬野に にほふ榛原 入り乱れ 衣にほはせ 旅のしるしに
ひくまのに におうはりはら いりみだれ ころもにおわせ たびのしるしに

<私が考えた歌の意味>
引馬野には、はりの木の花が色鮮やかに咲き乱れています。
はりの花で衣を染めてしまいなさい。
旅のしるしに。

<私の想像を加えた歌の意味>
引馬野という地名にちなんで、馬を進めてよいでしょう。
色鮮やかに咲き乱れているはりの木の花の中を、衣が染まってもかまわず進んでください。
うっすらと染まった衣は旅の記念になるでしょう。

万葉集 巻一 56

河上の つらつら椿 つらつらに 見れども飽かず 巨勢の春野は
かわのえの つらつらつばき つらつらに みれどもあかず こせのはるのは

<私が考えた歌の意味>
川の岸辺に椿の花が幾重にも重なって咲き誇っている。
幾度見ても飽きることなどない見事さだ。
椿が咲き誇るここ巨勢の春の野は。

<歌の感想>
 見たままの景色を描いているというよりは、54の歌と同様に、音の重なりを楽しんでいることを感じる。54と56は、関連している。そのどちらが、先行した作なのかということは、専門家の考察に頼るしかない。
 どちらが先に作られた(本歌)としても、万葉人が、音のおもしろさと短歌相互の関連付けを楽しんでいることは、はっきりと感じ取れる。

万葉集 巻一 55 
 
あさもよし 紀人ともしも 真土山 行き来と見らむ 紀人ともしも
あさもよし きひとともしも まつちやま いきくとみらん きひとともしも

<私が考えた歌の意味>
紀の国人は、大和へ行くときに真土山を眺め、また帰りにも真土山を眺めます。
大和への旅にあって、二度もあの立派な真土山を見ることができるなんて、羨ましいかぎりです。

<歌の感想>
 二句と結句が繰り返される形式と、音が当時の人にはおもしろかったのであろう。
 紀の国の人だけでなく、大和の人が同じ旅路を通っても同様のことだと思われるが、真土山の位置が、紀の国の旅人にとっては、出発と帰着を感じさせるものだったと想像した。また、紀の国を称賛する意味合いもあったのであろう。

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