万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。 私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

カテゴリ: 山家集 西行

西行 山家集 上巻 春 48

玉章の はしがきかとも 見ゆるかな 飛び遅れつつ 帰る雁がね 
たまづさの はしがきかとも みゆるかな とびおくれつつ かえるかりがね 

<私が考えた歌の意味>
手紙の余白の添え書きにも見える。
整然と列をなす雁の群れに、遅れながら飛んでいく雁の姿が。

<私の想像を加えた歌の意味>
きれいに隊列を組んで雁が北へ帰っていく。
おや、後ろから行くあの一羽は列から遅れたのか。
一羽だけでなく、また一羽が遅れながらも群れの後を飛んでいる。
だんだんに離れていく隊列と、それに遅れて飛ぶ数羽の雁の姿。
その遅れた雁は、まるで、手紙の余白に書かれた添え書きのようだ。
春の空に、手紙の本文とその添え書きが遠ざかっていく。

<歌の感想>
 譬えのおもしろさと言ってしまえば、それまでであるが、単なる譬えを超えた作者の見方が伝わってくる。
 手紙の添え書きには、本文とは異なる書き手の感情が書かれている場合がある。まるでそれを思わせるように、整然とした隊列の雁だけでなく、そこに乱れや余情を生み出す数羽の遅れた雁が飛ぶ。
 風景の微かな破綻を楽しむ作者を感じる。

西行 山家集 上巻 春  47

雁がねは 帰る道にや 迷ふらん こしの中山 霞隔てて
かりがねは かえるみちにや まようらん こしのなかやま かすみへだてて

<私が考えた歌の意味>
雁の群れは、北へと戻る。
一度渡ってきた空の道だが、雁は迷っているだろう。
こしの中山が霞の中で、すっかり見えなくなっているから。

<私の想像を加えた歌の意味>
春霞に、こしの中山がすっぽりと覆われている。
これでは、北国に帰る雁の群れも帰り道に迷うではないか。
空行く雁のことが心配になるほどの春霞の景色だ。

西行 山家集 上巻 春 46

霞の中の帰雁
なにとなく おぼつかなきは 天の原 霞に消えて 帰る雁がね
なにとなく おぼつかなきは あまのはら かすみにきえて かえるかりがね

<私が考えた歌の意味>
なんということもないのだが、もの足りないような心残りなような気持になる。
遠くの空の霞に消えていく雁を眺めていると。
雁はもう帰ってしまうのだ。

<歌の感想>
 「おぼつかなき」としているのは、雁がいなくなることでも、雁の気持でもないのであろう。「霞に消えて帰る雁がね」の様子から感じられる春の風情そのものが、「おぼつかなし」の対象だと感じる。

西行 山家集 上巻 春 45 7026

春雨の 軒たれこむる つれづれに 人に知られぬ 人の住家か
はるさめの のきたれこむる つれづれに ひとにしられぬ ひとのすみかか

<私が考えた歌の意味>
春雨が降り続き、軒からの雨だれがすだれのようだ。
こうやって、何をするということもなく家にいると、この家に住んでいた人のことが思われる。
ここに住んでいた人は、人と交わることもなく暮らしていたのだろう。

<私の想像を加えた歌の意味>
春雨が一日中降り続き、軒から雨だれがすだれのように見えている。
雨だれの音を聞きつつ、なにをするでもなく家にいる。
訪れる人もなく、家の中は静かだ。
この住処は、世の中と交わらぬ人が暮らすにふさわしい。

<歌の感想>
 44と45では住居のことが詠まれている。庭や住居の造りよりは、住んでいる人の好みが重要視されている。

西行 山家集 上巻 春 44 7025

なにとなく のきなつかしき 梅ゆゑに 住みけん人の 心をぞ知る
なにとなく のきなつかしき むめゆえに すみけんひとの こころをぞしる

<私が考えた歌の意味>
軒の梅の香りがしてきた。
香りとともに、なんとなく昔のことが思い出される。
昔、ここに住んでいた人の心が伝わってくる。

<私の想像を加えた歌の意味>
この家の軒の梅の香りは、なんということもないが、昔のことを思い出させる。
昔、ここに住んでいた方も、梅の香りで春を感じていたのだろう。
住む人が変わっても、この家に住む人の心は変わらず、梅の香りを味わっている。

<歌の感想>
 「なにとなくのきなつかしき」は、とらえどころのない感覚だ。梅の花を見ているのではないし、梅の香を嗅いでいるだけでもない。家の中にいて、微かな香りになにかを思っている。この家の風情が西行にはしっくりとくるのだろう。
 とらえどころのないこの微妙な感じが、現代の読者に伝わってくる。

西行 山家集 上巻 春 43 7024

ひとり寝る 草の枕の 移り香は 垣根の梅の 匂いなりけり
ひとりぬる くさのまくらの うつりがは かきねのむめの においなりけり

<私が考えた歌の意味>
床を共にした人の残した香りが移り香です。
旅の独り寝の移り香は、垣根の梅の香りです。

<私の想像を加えた歌の意味>
独り寝なので、彼女の匂いが残るはずはない。
それなのに、布団の中で移り香を感じる。
旅の宿で感じるのは、宿の垣根の梅の香りだ。
梅の移り香もよいものだ。
旅の独り寝はさびしくはあるが。

<歌の感想>
 旅の宿で梅の香りを楽しんでいるというよりは、本物の移り香を求めている気持ちも感じる。感じ方が俗過ぎるであろうか。

山家集 上巻 春 42 7023

つくりおきし 苔のふすまに うぐひすは 身にしむ梅の 香や匂うらん
つくりおきし こけのふすまに うぐいすは みにしむうめの かやにおうらん

<私が考えた歌の意味>
うぐいすは、梅の香りを身にしみ込ませて巣に戻る。
作っておいたうぐいすの苔の巣は、梅の香りがしているだろう。

<私の想像を加えた歌の意味>
うぐいすは、梅の林を飛び回り、巣を作る。
梅の香りを身にしみこませて、苔の巣に寝に戻る。
さぞかし、うぐいすの苔の巣は梅の香りでいっぱいだろう。

<歌の感想>
 匂いを描いているが、色彩も想像できる。苔の緑、うぐいすの鶯色、まるで、上品な和菓子のようだ。作者の観念の中の事柄ではあるが、たくさんの鶯の歌の中の一首と見ると、不自然さは感じられない。

西行 山家集 上巻 春 41 7022

梅が香に たぐへて聞けば 鶯の 聲なつかしき 春の山里
うめがかに たぐえてきけば うぐいすの こえなつかしき はるのやまざと

<私が考えた歌の意味>
梅の香りと一緒に鶯の声を聞く。
うぐいすの鳴き声が一段と心に沁みる春の山里だ。

<私の想像を加えた歌の意味>
春の山里をのんびりと歩く。
梅の香りがそこここに漂う。
鶯の鳴き声がしてきた。
鶯の声を、この香りととも聞くと何とも言えず、しっくりとくる。

<歌の感想>
 鄙びた山里の風景であるのに、華やかさを感じる。五感を総動員して、春を味わっている。

西行 山家集 上巻 春 40 7021

柴のいほに とくとく梅の 匂いきて やさしき方も ある住家哉
しばのいおに とくとくうめの においきて やさしきかたも あるすみかかな

<私が考えた歌の意味>
柴で屋根を葺いた粗末な家なのに、早々と梅の香りがしてくる。
風流な趣のある家なのだなあ。

<私の想像を加えた歌の意味>
庭もない造りの粗末な庵に入った。
庵に入ってみると、早速どこからともなく梅の香りがしてくる。
つまらない家だと思っていたのに、なかなかに風雅な味わいもある所だ。

<歌の感想>
 梅の花も、梅の匂いの出どころも描かれていない。描いているのは、粗末な仮住居だ。それでいながら、確かに梅の匂いを感じることができる。

西行 山家集 上巻 春 39 7020

梅が香を 谷ふところに 吹きためて 入りこん人に しめよ春風
うめがかを たにふところに ふきためて いりこんひとに しめよはるかぜ

<私が考えた歌の意味>
春風よ、梅の香りを谷中に吹き広げてくれ。
その風で、この谷を訪れてくれる人に梅の香を染み込ませてくれ。

<私の想像を加えた歌の意味>
訪れる人の少ないこの谷間に梅が見事に咲いた。
春風よ、たとえ花が散ってもよいから、谷間中をこの香りで満たしてくれ。
谷間を訪れた人を、梅の香りで染め上げてあげたいから。

<歌の感想>
 作者の庵を訪ねる人は少ない。せっかくの梅の花なのに、共に楽しむ人がいない。そうしているうちに、花も散ってしまうだろう。それなら、せめて、この谷に来た人にこの香りを存分に届けたい。そのような作者の気持ちが伝わる。
 また、それと同時に、吹く春風を感じながら想像を膨らませて、歌を詠んでいることも感じられる。

山家集 上巻 春 38 7019

主いかに 風わたるとて いとふらん 餘所にうれしき 梅の匂を
ぬしいかに かぜわたるとて いとうらん よそにうれしき うめのにおいを

<私が考えた歌の意味>
隣の僧坊の主人は、梅が散ってしまう、と風が吹くのを嫌っているが、どうしてなのだろう。
隣に住む私にとっては、梅の香りがしてきてうれしいのに。

<私の想像を加えた歌の意味>
隣の寺のお坊さんは、梅の花の盛りの時期に風が吹くのを嫌っている。
せっかくの梅の花を風が散らしてしまうと、いかにも惜しがっている。
近所に住む私には、梅の香りを届けてくれるうれしい春の風なのに。

<歌の感想>
 梅の味わい方にもいろいろとあり、他人の態度まで気になるとみえる。私なら、梅を独り占めするような楽しみ方はしないのに、という作者の気持ちが込められている。

山家集 上巻 春 37 7018

この春は 賤が垣根に ふればひて 梅が香とめん 人親しまん
このはるは しずがかきねに ふればいて うめがかとめん ひとしたしまん

<口語訳>
この春は、梅の香りを求めて、我が家の粗末な垣根に近寄って来た人と親しくなろう。

<意訳>
ただ通りがかっただけの人が、我が家の粗末な垣根に近寄ってくれた。
梅の香りに誘われて、思わず我が家に立ち寄ってくれたのだ。
まるで我が家を訪ねて来てくれた人のように。
この春は、梅の香りだけが縁のこういう人と親しくしよう。


 「山家梅」35~37の三首で、ひとつの物語ができあがっている。
 せっかくの梅の花の香りなのに、それを一緒に楽しもうという訪問者もいない。訪ねて来た人はいなかったが、偶然に通りがかった人が我が家の梅を楽しんでいる。知らない人ではあるけれども、情趣を解するこういう人と親しく話をしてみたい。
 このようにつながっていくと感じた。

山家集 上巻 春 36 7016

心せん しづが垣根の 梅はあやな 由なくすぐる 人とどめけり
こころせん しずがかきねの うめはあやな よしなくすぐる ひととどめけり

<口語訳>
気にしておこう。家の粗末な垣根の梅の花は不思議だ。ただ通りかかっただけの人を立ち止まらせる。

<意訳>
我が家に来たわけでもない人が、垣根のそばで立ち止まっている。
そうか、梅の花の香に誘われて、立ち寄ってくれたのだ。
忘れないようにしておこう。
我が家の粗末な垣根の梅に誘われて、来てくれる人もいるということを。

 
 通りがかっただけの人が、家の梅を眺めて立ち止まった。季節の花には、縁もゆかりもない人をも引きつける魅力があるのだ。西行は、そんな状況を楽しんでいる。これは、現代でも変わらぬ気持ちだろう。

山家集 上巻 春 35 7016

香をとめん 人こそ待て 山里の 垣根の梅の 散らぬかぎりは
かをとめん ひとこそまて やまざとの かきねのうめの
 ちらぬかぎりは

<口語訳>
梅の花の香りを求めてやってくる人を待っていよう。山里の垣根の梅がすっかり散ってしまうまでは。

<意訳>
梅の花が見事に咲いて、よい香りを漂わせているのに、山里の私の庵を訪ねてくる人はいない。
この梅の花を、一緒に楽しむこともできない。
でも、誰か訪ねてくる人がいるかもしれない。
あきらめないで、待っていよう。
垣根の梅の花が散ってしまうまでは。

 せっかく梅の花が咲く季節になったのに、今日もまた誰も訪ねてきてくれなかった、という作者の気持ちを感じる。
 あるいは、山里の作者の所には訪問者がいるのかもしれない。訪ねて来てくれた人に短歌を披露するには、この作のような設定を伝える方がおもしろかったと想像もできる。

山家集 上巻 春 34 7013

片岡に しば移りして なく雉子 たつ羽音とて たかからぬかは
かたおかに しばうつりして なくきぎす たつはおととて たかからぬかは

<口語訳>
岡の斜面をあちこちへ飛び回り雉が鳴いている。雉の羽の音だから高くないわけがない。

<意訳>
岡の斜面を雉が飛び回り、鳴いている。
雉の羽音が高くないということはない。
春の野をあちこちへ飛び回りながらの雉の羽音が高く聞こえているだろう。

<意訳2>
ずうっと気になっているが、雉の泣き声を聞いただけで、野原に行く機会がない。
野原は一段と春めいてきているだろう。
その野原で、雉が羽の音も高らかに飛び回っているだろう。
出かけて行って、それを見たいものだが、今日も庵で過ごすしかなかった。

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