巻五 795

反歌

家に行きて いかにか我がせむ 枕づく つま屋さぶしく 思ほゆべしも
いえにいきて いかにあがせん まくらづく つまやさぶしく おもおゆべしも



<口語訳>
妻を葬って、家に戻って私は何をすればいいのだろう。
妻をしのぶもののなくなってしまった寝室に戻っても、寂しくなるばかりだろう。

<意訳>
墓所に妻を葬った。
私がこれからすることは、家に戻るしかない。
妻がいない家で、妻のなきがらさえない寝室で、私はどう過ごせばよいのだろう。
妻がいない夜を、寂しく過ごすしかないのだ。


 いつも、口訳萬葉集 折口信夫 を頼りにしている。この作の口訳は特にすばらしいので、引用する。

家に帰ったところで、どうせうか。何もならないことだ。帰れば、閨房が寂しう思はれることだらうよ。



 人麻呂の挽歌と共通の題材だ。この短歌は、巻二216と同じ発想だ。他の作と共通の題材と発想で、短歌を創作することになんの違和感もないのであろう。
 すでにある作をまねる、あるいはかりるという意識とは異なるものを感じる。共通の発想に立ち、似た表現をとりながら、新たな歌を詠むことには現代とは違う価値があったと感じる。