巻五 794


日本挽歌一首
にっぽんばんか

大君の 遠の朝廷と しらぬひ 筑紫の国に 
おおきみの とおのみかどと しらぬい つくしのくにに 

泣く子なす 慕ひ来まして 息だにも いまだ休めず  
なくこなす したいきまして いきだにも いまだやすめず 

年月も いまだあらねば 心ゆも 思はぬ間に 
としつきも いまだあらねば こころゆも おもわぬあいだに

うちなびき 臥やしぬれ 言はむすべ せむすべ知らに 
うちなびき こやしぬれ いわんすべ せんすべしらに

石木をも 問ひ放け知らず 家ならば かたちはあらむを 
いわきをも といさけしらず いえならば かたちはあらんを
 
恨めしき 妹の命の 我をばも いかにせよとか  
うらめしき いものみことの われをばも いかにせよとか 

にほ鳥の 二人並び居 語らひし 心そむきて 
におどりの ふたりならびい かたらいし こころそむきて 

家離りいます
いえざかりいます


<意訳>
私の任地の筑紫に妻は一緒に住もうと来てくれた。
その妻が、筑紫に着いてまだ日数も経っていないのに、病に倒れてしまった。
慣れない女の長旅が体に堪えたに違いない。
病は一向によくならず、あっけなくそのまま帰らぬ人となってしまった。
あまりのことに私は何をどうしてよいのかさえわからない。
ただ形式的に葬送を執り行うことしかできない。
葬儀も進み、遺体が葬られることとなった。
せめて、遺体だけでも家にあるうちは、妻の存在を感じていることができたのに、それもかなわなくなった。
二人で仲良く語り合った妻はもういない。
妻は私を残してこの世を去ってしまった。
妻の存在のないこの家に私だけがいる。