168

ひさかたの 天見るごとく 仰ぎ見し 皇子の御門の 荒れまく惜しも
ひさかたの あめみるごとく あうぎみし みこのみかどの あれまくおしも

皇子がお元気だったときには、皇子を敬い慕う人々がたくさん宮殿に集まっていた。
そのころは皇子の宮殿に行くのが楽しみで、宮殿が近づくと、仰ぎ見たものだ。
そのときは、空を見上げるような気持ちになれた。
皇子が亡くなってからは、建物はあっても人々の出入りも少なく荒れていくのが分かる。
なんとも惜しい。


169

あかねさす 日は照らせれど ぬばたまの 夜渡る月の 隠らく惜しも
あかねさす ひはてらせれど ぬばたまの よわたるつきの かくらくおしも

太陽が昇り、月は隠れる。
それは定めだが、夜空の月が隠れてしまうのは、惜しい。
皇子がこの世にいなくなっても、天皇の治世は続き、政治は滞ることなく行われる。
だが、亡き皇子のことを思い出すと、残念で悔やまれてならない。


170

島の宮 勾の池の 放ち鳥 人目に恋ひて 池に潜かず
しまのみや まがりのいけの はなちどり ひとめにこいて いけにかづかず


まがりの池に放されている水鳥は水に潜ろうとしない。
水鳥までも皇子の死を悲しんでいる。
あまりの悲しみに、水鳥なのに水に潜ることさえしなくなっている。


 皇子の死を悲しみ弔う気持ちだけでないものを感じる。皇子の人柄と力量を尊敬し、期待していた人たちの落胆ぶりが表現されているように感じる。
 169は、当時の政権への批判さえ含まれているととれる。