柿本朝臣人麻呂、石見国より妻を別れて上り來る時の歌二首 併せて短歌
かきのもとのあそみひとまろ、いわみのくにより つまをわかれて のぼりくるときのうたにしゅ あわせてたんか

柿本人麻呂が、石見の国に妻を置いて、都に戻った時に作った歌二首。長歌とともに作った短歌。

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石見の海 角の浦廻を 浦なしと 人こそ見らめ
いわみのうみ つののうらみを うらなしと ひとこそみらめ

潟なしと 人こそ見らめ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし 潟はなくとも 
かたなしと ひとこそみらめ よしえやし うらはなくとも よしえやし かたはなくとも

いさなとり 海辺をさして にきたづの 荒磯の上に
いさなとり うみへをさして にきたずの ありそのうえに

か青く生ふる 玉藻沖つ藻 朝はふる 風こそ寄せめ 夕はふる 波こそ來寄れ
かあおくおうる たまもおきつも あさはうる かぜこそよせめ ゆうはうる なみこそきよれ

波のむた か寄りかく寄る 玉藻なす 寄り寝し妹を 露霜の 置きてし來れば
なみのむた かよりかくよる たまもなす よりねしいもを つゆしもの おきてしくれば

この道の 八十隈ごとに 万度 かへり見すれど いや遠に 里は離りぬ
このみちの やそくまごとに よろずたび かえりみすれど いやとおに さとはさかりぬ

いや高に 山も越え來ぬ 夏草の 思ひしなえて 偲ふらむ 妹が門見む なびけこの山
いやたかに やまもこえきぬ なつくさの おもいしなえて しのうらん いもがかどみん なびけこのやま 


石見の地は、都の人々にはなにかにつけて評判がよくありません。
石見には、波の静かな湾も、船の出入りによい入り江もないと言われます。
しかし、実際に暮らしてみますと、石見ならではのよい所があります。
朝夕の海風が心地よく吹き、荒々しい磯からは、海藻が波に揺らめく様子が見え、かの海ならではの風景が広がっています。
その上、私は、石見ですばらしい女性に出会い、妻にしました。
彼女は、情が深く、私に細やかに尽くしてくれます。
ですから、この度の私の上京でも、妻を置いてきたのが心残りでなりません。
都までの旅の途中も、思い出すのは妻のことばかりです。
彼女の方は、私が一刻も早く石見にまた来るようにと、待っているにちがいありません。 
久しぶりに都に戻った今も、できるなら妻の姿を見、声を聞きたいとばかり思っています。


132

石見のや 高角山の 木の間より 我が振る袖を 妹見つらむか
いわみのや たかつのやまの このまより あがふるそでを いもみつらんか

妻に見送られて石見を出発し、もう高角山まで来てしまった。
この山を越えると、妻のいる所もすっかり見えなくなってしまう。
妻の姿が見える距離ではないが、せめて想いが届けと、木の間越しに手を振った。
妻に私のこの想いが届くことを願いながら。


133

笹の葉は み山もさやに さやげども 我は妹思う 別れ来ぬれば
ささのはは みやまもさやに さやげども あれはいもおもう わかれきぬれば


サヤサヤサヤ、山中に笹の葉のさやぎが聞こえる。
サヤサヤ、さやぐ音をいくら聞いても、サヤサヤ、想うことは妻のことだけ。
妻のいる地がだんだん遠のく、別れて来たことが、サヤサヤサヤ、心に沁みる。

 人麻呂は、この長歌と短歌を、宮廷で披露している。人麻呂が、石見に赴任させられ、今回の帰京が一時的なものであることを、宮廷人達は知っている。
 現代でいえば、左遷された者が本社に出張で戻っているといった状況だ。従って、左遷先の石見の良さを言っているのは、人麻呂の強がりでもある。
 しかし、その強がりも、石見で得た妻のことになると、急に真実を感じる。この女性、石見の妻に対する人麻呂の想いは、強く具体的だ。現代の結婚観とは異なるが、ピッタリと相性があったパートナーであると感じた。
 
 こういう内容の歌が、古典として残り続けるのは、希望しない地へ赴任せざるをえなかった者の思いも含めて、共感を呼ぶものがいつの時代にもある、と受け取った。

※この長歌と短歌からの私の想像であり、想像の根拠はない。