万葉集 巻三 257 鴨君足人(かものきみたるひと)の香具山の歌一首

天降りつく 天の香具山 霞立つ 春に至れば
あもりつく あめのかぐやま かすみたつ はるにいたれば

松風に 池波立ちて 桜花 木の暗茂に
まつかぜに いけなみたちて さくらばな このくれしげに

沖辺には 鴨つま呼ばひ 辺つへに あぢむら騒き
おきへには かもつまよばい へつへに あじむらさわき

ももしきの 大宮人の まかり出て 遊ぶ舟には
ももしきの おおみやひとの まかりでて あそぶふねには

梶棹も なくてさぶしも 漕ぐ人なしに
かじさおも なくてさぶしも こぐひとなしに 

<私の想像を加えた歌の意味>
香具山に、春に来て景色を眺めた。
香具山の麓の池では、松の木を渡って風が吹き、池の面に波が立っている。
池のまわりには木暗いほどに桜の木が茂り、盛んに花を咲かせている。
池の沖では鴨が妻を呼び、岸の方ではあじ鴨の群れが騒いでいる。
いかにも明るい春の景色であり、昔の都にふさわしい華やかさだ。
それなのに、昔の大宮人が遊んだ舟は、梶も棹もなく、漕ぐ人もいない。
やはり、ここに昔の都の賑わいを求めることはできない。