朝日新聞夕刊2018/7/11 あるきだす言葉たち 7・11アゲイン 熊谷 純(くまがい じゅん)

ゆき先を決めずバイトを辞めたれば世界は朝から晩まで樹海

 私は、次の働き口を決めずにそれまでの仕事を辞めたことがない。それは、私だけではなく、過去の世間の常識だった。今は、その常識が通用しなくなっていることに最近になって気づいた。
 では、次の収入源も定かでないのに、今の仕事を辞めることは普通のことになったのか。
 そうではあるまい。現在だって、生計の目途が立たないのに仕事を辞めるのは、不利であり、不安なことであろう。
 バイトを辞める理由のひとつに、バイト先の人間関係がいやだ、が考えられる。仕事先の人間関係は、仕事の内容と勤務条件が密接にかかわってくると思う。過去の職場の人間関係づくりは、過去の職場の勤務内容と勤務条件の上に成り立っていた。
 たとえば、飲食店の店員という業務にしても過去と現在とでは大きく違う。過去は、個人の店主とその家族がその店には常時いて、そこにアルバイト店員が入るという形態だった。現在は、期限付き雇用の店長と完全なシフト制のアルバイト店員という形態が多い。これだけ、勤務条件が違うと、過去のようには職場の人間関係も成立しない。
 バイト先を辞めるその他の理由についても、同様のことがいえると思う。

 バイト先を辞め、次の仕事が見つからないからといって、悲観するのでも困窮するのでもない。
 だからといって、気楽になんとかなるさ、と思う気持ちにもなれない。
 まさに、「朝から晩まで樹海」をさ迷うような深い不安の中に放り出されている作者を感じる。