万葉集 巻二 230 霊亀元年(715)秋九月に、志貴親王が亡くなった時に作った歌一首と短歌(230~232)

梓弓 手に取り持ちて ますらをの さつ矢手挟み
あずさゆみ てにとりもちて ますらおの さつやたばさみ

たち向かふ 高円山に 春野焼く 野火と見るまで
たちむかう たかまどやまに はるのやく のびとみるまで

燃ゆる火を 何かと問へば 玉鉾の 道来る人の
もゆるひを なにかととえば たまほこの みちくるひとの

泣く涙 こさめに降れば 白たへの 衣ひづちて
なくなみだ こさめにふれば しろたえの ころもひずちて

立ち留まり 我に語らく なにしかも もとなとぶらふ
たちどまり われにかたらく なにしかも もとなとぶらう

聞けば 音のみし泣かゆ 語れば 心そ痛き
きけば ねのみしなかゆ かたれば こころそいたき

天皇の 神の皇子の 出でましの 手火の光そ
すめろきの かみのみこの いでましの たひのひかりそ

ここだ照りたる
ここだてりたる

<私の想像を加えた歌の意味>
高円山(たかまとやま)に、春野を焼く野火のような炎が見える。
あの炎は何ですか、と歩いて来た人に尋ねると、その人は衣を濡らすほど涙を流して答える。
どうしてあの炎のことを聞くのですか、聞かれただけで泣いてしまいますし、炎の訳をお話すれば、心が痛みます。
あれは、皇子様の葬列のたいまつの光が、たくさん照っているのです。