万葉集 巻二 221 讃岐の挟岑(さみね)の島で、岩の間の死人を見て、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌(220~222)

妻もあらば 摘みて食げまし 沙弥の山 野の上のうはぎ 過ぎにけらずや
つまもあらば つみてたげまし さみのやまの ののうえのうわぎ すぎにけらずや 

<私が考えた歌の意味>
あなたの妻がそばにいたなら、一緒に摘んで食べることができたでしょうに。
沙弥の山の野の嫁菜は、摘まれることもなく盛りを過ぎてしまいました。

<私の想像を加えた歌の意味>
この亡骸は、誰に知られることもなくこの海岸に漂着したのでしょう。
亡骸よ、この海岸に流れ着いていることを、あなたの妻が知ったなら、きっとここにやって来るでしょう。
妻に知られることもなく、葬られることもなく、亡骸は波に洗われている。

<歌の感想>
 長歌と反歌(短歌)は、一対となった表現形式であることがよく分かる。
 221は、短歌だけを読むと、妻と離れている作者が妻を恋しく思っている作と受け取れる。そのように味わっても、作者の気持ちの伝わる作だと思う。
 しかし、長歌を受けての反歌二首なので、「岩の間の死人」のことを詠んでいると受け取るべきだと思う。そう受け取ると、葬られることもなく、波に洗われ、野ざらしになっていく亡き人の哀れさを感じ取ることができる。