万葉集 巻二 212 柿本朝臣人麻呂が、妻が死んだ後に、泣き悲しんで作った歌二首と短歌(207~212) ※以前の記事を改めた。

衾道を 引手の山に 妹を置きて 山道を行けば 生けりともなし
ふすまじを ひきでのやまに いもをおきて やまぢをいけば いけりともなし


<私が考えた歌の意味>
引手の山に妻を葬った。
山道を下る私は生きている気がしない。

<私の想像を加えた歌の意味>
妻の亡きがらを引手の山に葬った。
帰りの山道を下るが、本当に歩いているかどうかさえわからない。
悲しさも涙も尽きてしまった。
妻がこの世にはもういないことを突き付けられる。
この世に生きる気力が、私から失われていく。

<歌の感想>
 妻の死に驚き、悲しみつつ葬儀を終える。その頃になって押し寄せてくるのは、虚脱感なのであろう。
 虚無、空虚、虚脱、どの言葉でも表しきれないような心情が、この短歌からにじみ出る。愛する者の死は、人間の生と死を突き付けられる時であると感じる。
 この長歌と短歌が中国の古典に影響されていることが指摘されている。その指摘が正しいものであっても、この作品の価値は変わらないと思う。中国の古典を十分に理解して、さらにそれを長歌、短歌に応用したとすれば、そのこと自体に価値があると思う。