万葉集 巻二 204 弓削皇子(ゆげのみこ)が亡くなった時に、置始東人(おきそめのあずまと)が作った歌一首 併せて短歌(204 205 206)

やすみしし 我が大君 高光る 日の皇子
やすみしし わがおおきみ たかひかる ひのみこ

ひさかたの 天の宮に 神ながら 神といませば
ひさかたの あまつみやに かんながら かみといませば

そこをしも あやに恐み 昼はも 日のことごと
そこをしも あやにかしこみ ひるはも ひのことごと

夜はも 夜のことごと 臥し居嘆けど 飽き足らぬかも
よるはも よのことごと ふしいなげけど あきたらぬかも

<私の想像を加えた歌の意味>
我が大君はお亡くなりになった。
昼は、昼の間中嘆き悲しむ。
夜は、夜通し嘆き悲しむ。
寝ても覚めても大君の死を嘆き悲しむが、それでも悲しい気持ちはあきたりない。

<歌の感想>
 挽歌が類型化していくことはやむを得ないのであろう。特に長歌が、弔いの儀式の中である役割をもっていたのであれば、どうしても型にはまったものになると思う。
 近現代の弔詞(弔辞)を考えても、その大部分は型にはまったものであるし、また型を守ることで、葬儀の中でその役割を果たしている。
 昨今は、弔詞(弔辞)を読み上げるということも行われなくなった。詩歌と文章で死者をとむらうことがなされなくなるのは、日本語の一つの問題だと思う。