万葉集 巻二 199 高市皇子尊(たけちのみこのみこと)の城上(きのえ)の殯宮(ひんきゅう)の時に、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌
※長歌全体を四段に区切って考えた。区切り方は、新日本古典文学大系 萬葉集 岩波書店によった。
※第四段
然れども 我が大君の 万代と 思ほしめして
しかれども わがおおきみの よろずよと おもおしめして

作らしし 香具山の宮 万代に 過ぎむと思へや
つくらしし かぐやまのみや よろずよに すぎんとおもえや

天のごと 振り放け見つつ 玉だすき かけて偲はむ
あめのごと ふりさけみつつ たまだすき かけてしのわん

恐くありとも
かしこくありとも

<私の想像を加えた歌の意味>
わが高市皇子がお造りになられた香具山の宮は、永遠になくならないと思われる。
これからも香具山の宮を仰ぎ見て、いつまでも高市皇子を偲ぶことだろう。

<歌の感想>※199の長歌全体
 一句一句に沿って意味をとっていくと、うまくつながらない所がある。歌の意味というよりも、要点を押さえるつもりで考えた。
 口語訳を参考に、要点を押さえて、原文を音読すると、天武天皇と高市皇子の二人の指導者の姿が浮かび上がってくる。韻文でありながら、歴史と歴史上の人物の偉業が表現されている。
 なぜ、このような表現が可能であったのかはわからないが、スケールの大きさと指導者の崇高な死を描くことができているのは確かだと思う。