石川啄木『一握の砂』「煙」 より

かなしみと言はば言ふべき
物の味
われの嘗めしは余りに早かり

<私が考えた歌の意味>
「かなしみ」と言えば言えるのであろう。
その感情を、初めて持った時を覚えている。
私が、「かなしみ」を感じたのは余りにも幼い時のことだった。

<歌の感想>
 赤ん坊がいくら泣き叫んでも、それは悲しいできごとにあったからではない。幼児が泣き続けたからといって、それはかなしみで心が痛むのではない。
 人は、幼少期を終え、自立できるようになり、経験を積み、その成長に伴って、うれしさやかなしさを自覚できるようになっていくものだ。
 そう考えると、幼くして「かなしみ」を味わうというのは、啄木でなければ経験しないことと受け取れる。