日並皇子尊(草壁皇子)の宮の舎人たちが泣き悲しんで作った歌二十三首(171~193)について、口訳萬葉集 折口信夫では、次のように書かれている。

「この廿三首は、恐らく柿本人麻呂のやうな、名家の代作であらうと思はれる。すべて傑作である。」(193)
 
 これを、読んで胸のつかえが取れたような気がした。たとえば、次の三首を並べて見ると、これが別々の人の作と思う方が不自然だと感じる。

177
朝日照る 佐田の岡辺に 群れ居つつ 我が泣く涙 やむ時もなし
あさひてる さだのおかへに むれいつつ わがなくなみだ やむときもなし

189
朝日照る 島の御門に おほほしく 人音もせねば まうら悲しも
あさひてる しまのみかどに おほほしく ひとおとせねば まうらかなしも

192
朝日照る 佐田の岡辺に 鳴く鳥の 夜泣きかはらふ この年ころは
あさひてる さだのおかへに なくとりの よなきかわらう このとしころは

 初句が同じというだけでなく、朝日と対比する涙、悲しみの描き方は共通のものを感じる。そして、三首ともその場の光景と舎人たちの様子が的確に表現されている。
 この一連の短歌と、169の人麻呂の歌とが関連していると見て、味わう方がおもしろい。

169
あかねさす 日は照らせれど ぬばたまの 夜渡る月の 隠らく惜しも
あかねさす ひはてらせれど ぬばたまの よわたるつきの かくらくおしも 記事169