万葉集 巻二 191 日並皇子尊(草壁皇子)の宮の舎人たちが泣き悲しんで作った歌二十三首(171~193の内から)
けころもを 時かたまけて 出でましし 宇陀の大野は 思ほえむかも
けころもを ときかたまけて いでましし うだのおおのは おもおえんかも

<私が考えた歌の意味>
亡き皇子様は、春と冬には宇陀の大野へ、狩猟にお出かけなられた。
これからも、狩猟の季節が巡ってくれば、皇子様がお出かけになった宇陀の大野を思い出すでしょう。

<歌の感想>
 日並皇子の死を、現在だけでとらえずに、未来へも眼を向けている。散文にすると、「死の悲しみをこれからも忘れることはないであろう」の意味を含んでいる。だが、散文では表現し切れない情感を感じる。淡々とした表現だが、思いは深い。
 この作に限らず、短歌と長歌に地名を詠み込むことには独特の効果がある。これは、時代を問わず言えることであるが、有名な所の地名は、地名だけでその地の歴史や風景を想起させる。さらに、歌の中では地名の語音が歌全体の調子を決める場合もある。「宇陀の大野」の語音のイメージとして、広々としているが、荒々しさのある野が思い浮かぶ。その野には、勇壮な皇子の姿がいかにもふさわしい。