石川啄木『一握の砂』「煙」 より

かの旅の汽車の車掌が
ゆくりなくも
我が中学校の友にてありき


<私が考えた歌の意味>
この旅で乗った汽車の車掌が、思いがけなく中学校の時の友達だった。

<歌の感想>
 歌の意味を散文にしてみると、この偶然の事実しか伝わってこない。
 短歌では、車掌の顔を見て、一瞬分からなかったが、直ぐに友達だと気づいた驚きが伝わってくる。それと同時に、中学校の頃のことを次々と思い出している作者の心情が感じられる。友であった車掌の方も作者に気づくが、執務中なので、話し込むわけにはいかない様子も想像できる。
 旅の途中、懐かしい友に偶然会う。この短歌には、旅情と懐旧の情が描かれている。
 啄木は、この短歌で日常の出来事を、そのまま詠んでいるように感じられる。こういう表現のできる人が、「歌人」と呼ばれるにふさわしいのであろう。