石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

女(をんな)あり
わがいひつけに背(そむ)かじと心を砕く
見ればかなしも

<私が考えた歌の意味>
女がいる。
私の言いつけに背かないようにしようと、いつも心を砕く女がいる。
そういう様子を見ると、かなしくなる。

<私の想像を加えた歌の意味>
私の周囲には何人もの女性がいる。
どの女性も男である私に従おうと、いつも気を遣っている。
男の言いつけばかりに心を砕く日本の女性を見ると、かなしくなる。

<歌の感想>
 ある一人の女のことを詠んでいるととらえることもできる。
 だが、妻も含めて、作者と特別な関係にある女のいじらしさを描いているようには感じられない。
当時の日本の女性の実態を描いていると受け取った。男に従う女を「かなしも」ととらえるのは、当時としては先進的な感覚だったと思う。