石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

顔あかめ怒りしことが
あくる日は
さほどにもなきをさびしがるかな


<私の想像を加えた歌の意味>
顔を真っ赤にして怒ったことが、次の日になると、それほどのことではなかったと思える。
怒りが中途半端に消えてしまった。
怒りが治まってしまう自分がなんとなくさびしい。

<歌の感想>
 啄木にとっては、怒りは大切にしたい感情なのだろう。純粋な怒りに身を任せることができなくなるさびしさが描かれている。怒りや悲しさを負のものととらえないところがおもしろい。激しく怒ることは、相当なエネルギーを必要とすることを改めて思う。