万葉集 巻二 114 115 116

114 但馬皇女(たじまのひめみこ)が高市皇子(たけちのみこ)の宮にいた時に、穂積皇子(ほずみのみこ)を思ってお作りになった歌一首
秋の田の 穂向きの寄れる 片寄りに 君に寄りなな 言痛くありとも
あきのたの ほむきのよれる かたよりに きみによりなな こちたくありとも

115 勅命によって穂積皇子を近江の志賀の山寺に遣わした時に、但馬皇女のお作りになった歌一首
後れ居て 恋ひつつあらずは 追ひ及かむ 道の隈廻に 標結へわが背
おくれいて こいつつあらずは おいしかん みちのくまみに しめゆえわがせ

116 但馬皇女が高市皇子の宮にいた時に、ひそかに穂積皇子と関係を結び、その事が露顕して、お作りになった歌一首
人言を 繁み言痛み 己が世に いまだ渡らぬ 朝川渡る
ひとことを しげみこちたみ おのがよに いまだわたらぬ あさかわわたる


<私の想像を加えた歌の意味>
114
実った穂が一方にだけなびいています。
ぴったりとあなたに寄り添っていたい。
実った穂のように。
たとえ、世間がどのように私のことを悪く言おうとも。

115
後に残ってあなたの帰りを待ち焦がれているなんて、我慢できません。
それくらいなら、あなたの後を追いかけて行きましょう。
通った跡に印をつけておいてください、あなた。
私が追いつけるように。

116
うわさを気にしてなぞいませんが、でもあなたと私のことを言ううわさが絶えません。
これ以上、うわさになるのは困ります。
なるべく人目につかないように、あなたの所から帰る時は朝早くに帰ります。


 恋する思いが感じられる。そして、それは強く行動的だ。
  115と116は、歌の訳としては諸説あり、どれを採用すべきかは迷う。しかし、二人の恋を非難する世間があるが、それに負けないで恋を貫こうとする意思は、どのように訳そうと伝わってくる。
 この三首それぞれは、特に優れているとは感じない。しかし、三首をまとめて味わうと作者の人物像が浮かんでくる。周囲のうわさは知っているが、自己の感情に素直に生きようとする思いが時代を超えて伝わってくる。