万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。 私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

2018年01月

万葉集 巻二 226 丹比真人(名は不明)が柿本人麻呂の心中を推察して、代わって答えた歌一首

荒波に 寄り来る玉を 枕に置き 我ここにありと 誰か告げけむ
あらなみに よりくるたまを まくらにおき われここにありと たれかつげけん

<私が考えた歌の意味>
荒波の打ち寄せる浜に、私は横たわっている。
私がここにこうしていることを、誰が妻に知らせることができるだろうか、できはしない。

<私の想像を加えた歌の意味>
枕辺には荒波の泡が打ち寄せてくる。
私は息が絶え、このような場所にいる。
私がどんなに妻に逢いたいと思ってもかなわなかった。
妻も私のことをひどく心配しているであろう。
せめて、私がここで息絶えたことだけでも、家に知らせたい。
だが、家に知らせてくれる者は誰もいない。

万葉集 巻二 225 柿本朝臣人麻呂が死んだ時に、妻の依羅娘子(よさみのをとめ)が作った歌二首(224~225)

直の逢ひは 逢ひかつましじ 石川に 雲立ち渡れ 見つつ偲はむ
ただのあいは あいかつましじ いしかわに くもたちわたれ みつつしのわん

<私が考えた歌の意味>
直にお逢いすることはもうかなわないでしょう。
あなたが息を引き取ったという石川に雲がわいてほしいものです。
その雲を見ながら、帰らぬあなたのことを偲びます。

<私の想像を加えた歌の意味>
もうあなたに逢うことはできません。
あなたが息を引き取った石川の山中に行くことさえもできません。
あなたのことをどんなに想っても、どうすることもできません。
せめて、あなたの最期の地の石川の辺りの空を見やって日を送ります。
願わくば、石川の辺りに雲が湧き起こるとよいのに。
雲を頼りに、あなたとの思い出を振り返ることができるように。

<歌の感想>
 224と225は、二首ともに悲痛な調べはない。
 夫の死を受け容れてはいるが、諦め切れない思いを感じる。

万葉集 巻二 224 柿本朝臣人麻呂が死んだ時に、妻の依羅娘子(よさみのをとめ)が作った歌二首(224~225)

今日今日と 我が待つ君は 石川の 峡に交じりて ありといはずも
きょうきょうと あがまつきみは いしかわの かいにまじりて ありといわずも

<私が考えた歌の意味>
きょうは帰るか、きょうは帰るかと、私はあなたをお待ちしていました。
そのあなたは、石川の山中にいるというではありませんか。

<私の想像を加えた歌の意味>
今日こそはお戻りになると、毎日お待ちしていました。
そのあなたは、遠く離れた石川の山奥深くにいるというではありませんか。
山奥で、帰らぬ人となられたいうではありませんか。
いくら待ち続けても、あなたは石川の山に居続けるのですね。
もう、ここにお戻りになることはないのですね。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

おどけたる手つき可笑(をかし)と
我のみはいつも笑ひき
博学の師を

<私が考えた歌の意味>
なんとなくこっけいな手つきで、授業をする先生がいた。
他の生徒は笑わなかったが、私だけは、その先生の手つきを笑っていた。
その先生が博学だということを、私も知っていたが、可笑しいものは可笑しいから。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

蘇峰(そほう)の書われに薦(すす)めし友はやく
校をしりぞきぬ
貧しさのため

<私が考えた歌の意味>
徳富蘇峰の著作を、私に読むように薦めてくれた友人がいた。
その友人は、入学してほどなく学校を止めてしまった。
家が貧しく、学費が続かなかったと聞く。

<私の想像を加えた歌の意味>
蘇峰の本をぜひ読めと、熱心に私に薦めた友人だった。
権威に負けまいとする考えを持っていた友人だった。
彼が私に蘇峰の本を薦めたのは、私にも権力や権威に逆らう心を感じたからであろうか。
その彼が、早々と退学してしまった。
家が貧しくて学費が続かなかったのだ。
金に不自由なく、学生生活を楽しんでいた多くの友人よりも、退学をしたあの男が懐かしい。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

かぎりなき知識の慾に燃ゆる眼を
姉は傷(いた)みき
人恋ふるかと

<私が考えた歌の意味>
際限のない知識欲にかられて、燃えるように眼を輝かせていた。
その私の眼差しを、姉はひどく心配していた。
私が誰かに激しく恋しているのではないかと。

<歌の感想>
 家族の中でも、この姉とは特に気持ちが通じていたように思う。姉が自分のことを誤解して心配してくれたことを、姉への信愛を込めながら回想している。そして、その頃の啄木が、純粋な知識欲に満ちていたことをも懐かしんでいるのが感じられる。

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