万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

2018年01月

石川啄木『一握の砂』「煙」 より田舎(ゐなか)めく旅の姿を三日ばかり都に晒(さら)しかへる友かな <私の想像を加えた歌の意味>いかにも田舎から出て来たという様子で、友は、三日ばかり都で過ごしていった。出て来た友は、都を珍しがって私の案内を喜んでいた。私の…
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石川啄木『一握の砂』「煙」 よりそのかみの学校一のなまけ者今は真面目にはたらきて居り<私の想像を加えた歌の意味>その当時は、学校一の怠け者だった奴がいた。今は、真面目に働いている。学生時代のままの友もいれば、あいつのようにすっかりと変わってしまう友もいる…
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石川啄木『一握の砂』「煙」 より自(おの)が才に身をあやまちし人のこと語り聞かせし師もありしかな<私の想像を加えた歌の意味>自分の才能を驕って、結果として身を滅ぼしてしまった人のことを話してくれた先生がいた。多くの先生の教えは、たいてい忘れてしまったが、…
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万葉集 巻二 228和銅四年(七一一)、河辺宮人が姫島の松原で若い娘の屍を見て、悲しみて作った歌二首(228・229)妹が名は 千代に流れむ 姫島の 小松がうれに 蘿生すまでにいもがなは ちよにながれん ひめしまの こまつがうれに こけむすまでに<私が考えた歌の意…
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万葉集 巻二 227 或る本の歌に言う天ざかる 鄙の荒野に 君を置きて 思ひつつあれば 生けるともなしあまざかる ひなのあらのに きみをおきて おもいつつあれば いけるともなし<私が考えた歌の意味>遠く離れた荒野で亡くなったあなたを、そのままにしておくしかあ…
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万葉集 巻二 226 丹比真人(名は不明)が柿本人麻呂の心中を推察して、代わって答えた歌一首荒波に 寄り来る玉を 枕に置き 我ここにありと 誰か告げけむあらなみに よりくるたまを まくらにおき われここにありと たれかつげけん<私が考えた歌の意味>荒波の打ち…
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万葉集 巻二 225 柿本朝臣人麻呂が死んだ時に、妻の依羅娘子(よさみのをとめ)が作った歌二首(224~225)直の逢ひは 逢ひかつましじ 石川に 雲立ち渡れ 見つつ偲はむただのあいは あいかつましじ いしかわに くもたちわたれ みつつしのわん<私が考えた歌の意味…
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万葉集 巻二 224 柿本朝臣人麻呂が死んだ時に、妻の依羅娘子(よさみのをとめ)が作った歌二首(224~225)今日今日と 我が待つ君は 石川の 峡に交じりて ありといはずもきょうきょうと あがまつきみは いしかわの かいにまじりて ありといわずも<私が考えた歌の…
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石川啄木『一握の砂』「煙」 よりおどけたる手つき可笑(をかし)と我のみはいつも笑ひき博学の師を<私が考えた歌の意味>なんとなくこっけいな手つきで、授業をする先生がいた。他の生徒は笑わなかったが、私だけは、その先生の手つきを笑っていた。その先生が博学だとい…
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石川啄木『一握の砂』「煙」 より蘇峰(そほう)の書われに薦(すす)めし友はやく校をしりぞきぬ貧しさのため<私が考えた歌の意味>徳富蘇峰の著作を、私に読むように薦めてくれた友人がいた。その友人は、入学してほどなく学校を止めてしまった。家が貧しく、学費が続か…
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石川啄木『一握の砂』「煙」 よりかぎりなき知識の慾に燃ゆる眼を姉は傷(いた)みき人恋ふるかと<私が考えた歌の意味>際限のない知識欲にかられて、燃えるように眼を輝かせていた。その私の眼差しを、姉はひどく心配していた。私が誰かに激しく恋しているのではないかと…
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