万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。 私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

2017年08月

万葉集 巻二 160 161 一書に、天皇が崩御した時に、太上天皇(持統)が作られた御歌二首

160
燃ゆる火も 取りて包みて 袋には 入るとはいはずやも 智男雲
もゆるひも とりてつつみて ふくろには いるとはいわずやも 智男雲
※結句「智男雲」は解読不能。(日本古典文学大系 萬葉集 岩波書店)

161
北山に たなびく雲の 青雲の 星離れ行く 月を離れて
きたやまに たなびく雲の あおくもの ほしはなれゆく つきをはなれて

 160は、解読不能の句がある。161は、歌意が分かりにくい、(日本古典文学大系 萬葉集 岩波書店)とされている。この二首については、歌の意味が分からない。

朝日新聞夕刊2017/6/21 あるきだす言葉たち 英雄 小島 一記(こじま かずき)

たまきわるAI独裁政権下ノートに物を書く罪あらん

 AIが社会の機構の隅々にまで浸透し、まるで独裁政権のように全ての意思決定をするようになれば、個人が個の考えを表現することさえも禁止されるようになるかもしれない、という作者の恐れが描かれている。
 これは、今、注目を集めている話題ではあるが、この作品で表現されていることは斬新な発想ではないと思う。
 発想や思考の新しさというよりは、表現方法の新しさが際立っている。「AI独裁政権下」という最新の事象に「たまきわる」という枕詞を冠している。さらに、上の句の重々しい感じに比べ、下の句には平易な言葉が使われている。この二つの対比が、AIを短歌で表現することを可能にしたのだと感じる。
 
 AIを支配の手段や隠れ蓑にして、大衆をコントロールしようとする独裁政権の出現こそ、警戒しなければならない。

朝日新聞夕刊2017/6/21 あるきだす言葉たち 英雄 小島 一記(こじま かずき)

ふるさとに古戦場あり十代の信長が攻めし松葉城跡

 「ふるさと」「古戦場」「松葉城跡」の語句を見ると、故郷を懐かしむ平凡な感じしか思い浮かばない。しかし、この作品はなぜか現代のものになっている。
 初句、第二句は事実を示し、そこに作者の感情は出てきていない。第三句の「十代の信長が」が一首全体を支配していると思う。若くして破格の統率力を示した歴史上の人物への思いが凝縮されている。
 この句によって、作者の信長への思いが伝わってくる。だからこそ、ふるさとの松葉城跡に感慨が湧くのであろう。
 さらに、作者の信長像にも特徴があると受け取れる。歴史的に検証された信長像ではあるまい。また、今までの歴史小説に描かれてきた信長でもないであろう。それは、次の作品に表れている。

英雄と縁あるような時めきは少年の日の地元の史跡

 
時代性を超越した能力と実行力を有する「英雄」に対する作者の強い憧れを感じる。
 「地元の史跡」は、信長についての史跡の中では重要視されないものであろう。信長の城でも、信長が長く留まった場所でもない。だが、ほんの少しでも信長に縁があれば、作者にとっては大切なものに感じられたことが伝わってくる。
 歴史的な事実は変わらないが、歴史上の人物をどうとらえるかは、時代によって変化する。
 作者は、戦国時代の傑出した武将として信長をとらえているだけではないと思う。当時の価値観を覆し、戦術や政治だけでなく文化面においても時代を超越した感覚をもった「英雄」として信長をとらえていると感じる。

朝日新聞夕刊2017/6/21 あるきだす言葉たち 英雄 小島 一記(こじま かずき)

青色の淡きフォントで議事録に敵失ひとつ加筆しておく

 議事録というからには、自分用のメモなどではないのだろう。少なくとも論戦の一方の側では、共有される文書だと思う。そこに、目立たないように相手側の失言を加筆した。
 赤で付け加えれば、あからさま過ぎる。でも、記録には残しておきたい。そこで、「青色の淡きフォント」ということになる。デジタルの文書であれば、色とフォントとサイズは自在だ。

朝日新聞夕刊2017/6/21 あるきだす言葉たち 英雄 小島 一記(こじま かずき)

煤(すす)けたる根雪のように積み上げてホチキスの針を資料から抜く

 自分の意見を何も書かなくても、ページ数が多く見かけの立派そうな会議資料を作ることができる。結局は、役に立たず、真剣に読まれることもない資料は、積み上げられただけで処分される。
 紙はシュレッダーにかければいいが、ホチキスの針は邪魔だ。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

女(をんな)あり
わがいひつけに背(そむ)かじと心を砕く
見ればかなしも

<私が考えた歌の意味>
女がいる。
私の言いつけに背かないようにしようと、いつも心を砕く女がいる。
そういう様子を見ると、かなしくなる。

<私の想像を加えた歌の意味>
私の周囲には何人もの女性がいる。
どの女性も男である私に従おうと、いつも気を遣っている。
男の言いつけばかりに心を砕く日本の女性を見ると、かなしくなる。

<歌の感想>
 ある一人の女のことを詠んでいるととらえることもできる。
 だが、妻も含めて、作者と特別な関係にある女のいじらしさを描いているようには感じられない。
当時の日本の女性の実態を描いていると受け取った。男に従う女を「かなしも」ととらえるのは、当時としては先進的な感覚だったと思う。

↑このページのトップヘ