万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

2016年08月

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

飄然と家を出でては 
飄然と帰りし癖よ
友はわらへど

<口語訳>
誰にも何も言わずにふらりと家を出る。
いつ帰るとも知らせず、どこへ行ったかも言わずふらりと家へ戻る。
友人は、私がそんなことをたびたびするのを笑っている。

<意訳>
飄然と家を出ては、飄然と家へ帰る。
友はそんな私の癖を、ばかにして笑っている。
友は笑っているが、誰もそのときの私の気持ちをわかりはしない。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

大といふ字を百あまり
砂に書き
死ぬことをやめて帰り来れり

<口語訳>
砂の上に「大」という字をいくつもいくつも書いてみた。
死のうという気持ちが消えてしまい、海岸を後にした。

<意訳>
この気持ちをどうすることもできず、また海岸に来た。
死にたいという思いばかりが心を占領している。
ただなんということもなく、「大」と砂の上に書いてみた。
なんということもなく、もう一つ書いてみた。
もっと、もっと続けて、「大」と書いてみた。
もう少し生きてみようかという思いがわいてきたらしい。

 山上憶良の 銀も 金も玉も 何せむに 優れる宝 子にしかめやも は、有名な短歌だ。
 だが、作品からイメージできる情景はほとんどない。また、作者の個人の心情というよりは、非常に広い範囲の人々がもつ心情が表現されている。
 また、この反歌から、当時既に金銀財宝を至上の物とする価値観があったことを知ることができる。子どもへの愛情よりも、蓄財を優先するような風潮をたしなめる役割をもたされていたのではないか、とさえ思える。
 そのように考えても、802と803の長歌反歌は名作だと思う。
 うまい物を食べたときに、これを子どもにも食べさせたいと、あらゆる時代でどれほどの親が思ったことか。
 離れている子のことが心配になり、あらゆる時代のどれほどの親は眠られぬ夜を過ごしたことか。
 たとえ親でなくてもどれほどの人が、幼い子の愛らしさに救われる思いをしたことか。

 時代を超えて、多くの人々が共感できる心情を五音七音の調べにのせて表現しているのが、この長歌と反歌だと思う。それは、現代にも受け継がれている。

巻五 803

銀も 金も玉も 何せむに 優れる宝 子にしかめやも
しろかねも くがねもたまも なにせんに まされるたから こにしかめやも

<口語訳>
銀も金も珠玉も、どうしてこの世で最も値打ちのある宝といえるだろうか。
子どもに勝る宝などこの世にはない。

<意訳>
世間では、銀や金や宝石など希少なものを皆が追い求める。
しかし、そのような希少な宝物よりももっと大切にすべきものがある。
それが、子どもという存在だ。
子どもを愛しむ人の心こそ、最上の宝なのだ。

802 山上憶良

瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ
うりはめば こどもおもおゆ くりはめば ましてしぬわゆ

いづくより 来たりしものそ まなかひに もとなかかりて
いずくより きたりしものそ まなかいに もとなかかりて

安眠しなさぬ
やすいしなさぬ

<口語訳>
瓜を食べると子どもを思い出す。
栗を食べるとまたいっそう子どもを思い出す。
どこからあらわれるのか、目の前に子どもの姿が見え隠れして、眠りさえも妨げられる。

<意訳>
瓜を食べると、これを子どもにも食べさせたいと思う。
栗を食べると、これを子どもに食べさせたらさぞかし喜ぶだろうと思う。
何かの拍子に子どもの姿がありありと目に浮かぶ。
離れている我が子の姿が思い浮かぶと、会いたくて、安眠もできないほどだ。


 序詞を読み長歌を読むと、純粋に我が子への愛情を表現しているだけとは受け取れない。歌の後半には、観念的なものを感じる。我が子への感情だけではなく、子どもを愛おしく思うのは大切にすべき心情だと周囲を諭している意図を感じる。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

しつとりと
なみだを吸へる砂の玉
なみだは重きものにしあるかな


<口語訳>
砂の玉がしっとりと涙に濡れた。
その砂の玉が重く感じられる。
この重さは涙の重さなのだろう。

<意訳>
手にした砂が私の涙でしっとりと濡れた。
手の中の濡れた砂の塊に重さを感じる。
この重さは、私の涙の重さなのだ。
この重さは、私の悲しみの深さなのだ。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

砂山の裾によこたはる流木に
あたりを見まはし
物言ひてみる

<私が考えた歌の意味>
砂山の外れに流木が横たわっている。
辺りに見回したが、砂浜に人はいない。
その流木に話しかけてみた。

<私の想像を加えた歌の意味>
辺りには誰もいない。
いつもの寂しい砂浜だ。
砂山の外れに流木がある。
海と砂と流木と、それを見ている私だけだ。
その流木にものを言ってみた。
流木は、ただ黙して私の言葉を聞いている。

<歌の感想>
 作者自身の行動がそのままに描かれている。「よこたはる流木」は実際の景色であり、「あたりを見まはし物言ひてみる」は実際の行動と受け取れる。実際に見たことと実際の行動をそのままに表現して一首を詠むのは、短歌の歴史から見ると革新的なものだと感じる。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

砂山の砂に腹這い
初恋の
いたみを遠くおもひ出づる日

<私の想像を加えた歌の意味>
今日も海へ一人でやって来た。
今日は気持ちが安らかだ。
遠い昔の初恋にまつわる悲しみを思い出した。
私にも今日のように思い出に浸る日もある。

<歌の感想>
 このようななんとなく作者の日常を感じる作品を読むと、作者への親近感が増す。短歌としては個性的とは言えない。でも、初恋の思い出そのものではなく、思い出す日があると表現している所がおもしろい。

巻五 801

ひさかたの 天路は遠し なほなほに 家に帰りて 業をしまさに
ひさかたの あまじはとおし なおなおに いえにかえりて なりをしまさに

<口語訳>
新日本古典文学大系 萬葉集一 岩波書店 より引用
(ひさかたの)天に到る道は遠い。素直に家に帰って仕事をしなさいな。

<意訳>
聖人や仙人になろうとしてもそんなことはやすやすとできるものではないよ。
そんな叶わない夢は捨てて、家に戻りなさい。
家に戻って、仕事をし、親と妻子をしっかりと養いなさい。


 800と801は、道徳を説くというよりは、標語やスローガンのように感じる。思えば、現代でも五音七音の組み合わせは、標語に使われ続けている。交通安全標語もあれば、CMのキャッチコピーにもある。
 また、地味な存在だが、各宗派の仏教寺院と神社で配布する日めくりなどには、人の道を説いた短歌が使われている。ある年代層には、このような短歌の影響が相当にあるのではないかと思われる。
 最新の設備を誇るビルのトイレで目にしたことがある。トイレのマナーが五七五七七でプリントされ、掲示されていた。日本人は、このリズムからは離れられないのだ。
 長歌と短歌に、標語やスローガンの働きをもたせ、その代表的な作者が山上憶良だと考えると、おもしろい。

巻五 800

父母を 見れば尊し 妻子見れば めぐし愛し
ちちははを みればたっとし めこみれば めぐしうつくし

世の中は かくぞことわり もち鳥の かからはしもよ 
よのなかは かくぞことわり もちどりの かからわしもよ
 
行くへ知らねば うけ沓を 脱ぎつるごとく 行くちふ人は
いくえしらねば うけぐつを ぬぎつるごとく ゆくちょうひとは

石木より 生り出し人か 汝が名告らさね 天へ行かば
いわきより なりでしひとか ながなのらさね あめへいかば

汝がまにまに 土ならば 大君います この照らす
ながまにまに つちならば おおきみいます このてらす

日月の下は 天雲の 向伏す極み たにぐぐの
ひつきのしたは あまくもの むこふすきわみ たにぐぐの

さ渡る極み 聞こし食す 国のまほらぞ かにかくに
さわたるきわみ きこしおす くにのまほらぞ かにかくに

欲しきまにまに 然にはあらじか
ほしきまにまに しかにはあらじか


<意訳> ※序の内容を含めて
聖人になるためと言って、世捨て人のような生活を送っている人へ。
自分だけで生きているような生活を続けていてはだめだ。

父母を大切にしなさい。
父と母は、尊敬すべき存在です。
妻子を大切にしなさい。
妻と子はだれよりも愛すべき存在です。
人の世は、それが当たり前のことなのですよ。

親の面倒もみないで、家族も捨てて暮らすなどとんでもないことだ。
だいたい自分はだれから生まれたというのか。
岩や木から生まれ出たのではないのだ。
親も捨て、妻子を捨てて、かって気ままな暮らしをしているお前、名前を名乗りなさい。
もしも、お前が天上へ行くことができたならそれでもよい。
だが、お前は地上にいるのだ。
この地上にいる限りは、どこに行こうと天子様がお治めになっている地にいるのだ。
どんな山上に行こうが、どんな地の果てに行こうが、そこはやはり天子様のお治めになっている国の内だ。
ここまで言って聞かせれば、今のような暮らしを続けるのはよくないことがわかるのではないか。

巻五 797

大野山 霞立ちわたる 我が嘆く おきその風に 霧立ちわたる
おおのやま かすみたちわたる わがなげく おきそのかぜに きりたちわたる


<口語訳>
新日本古典文学大系 萬葉集一 岩波書店 より引用
大野山に霧が一面に立ちこめる。私が嘆くため息の風によって霧が立ちこめる。

<意訳>
亡き妻のことを思いため息ばかり出る。
悲しい気持ちのまま、ふと大野山を見ると、霧が立ちこめている。
霧となって山を覆うほどに、私の嘆きのため息は尽きることがない。

 ひたすらな嘆きを描いているのだが、遠景の山の霧を見ることによって、日常の生活を取り戻しつつあるようにも感じられる。

巻五 798

妹が見し 楝の花は 散りぬべし 我が泣く涙 いまだ干なくに
いもがみし おうちのはなは ちりぬべし わがなくなみだ いまだひなくに

<口語訳>
妻が見た楝の花はもう散るであろう。
亡くなった妻を思い出して泣く私の涙は、まだまだ乾くことはないのに。

<意訳>
元気だった妻が見ていた楝の花がもう散る時期になった。
妻が亡くなって、日々が過ぎ去っていく。
だが、私は妻の死を受け入れることが、まだまだできそうにない。


 現代ならば、亡くなった妻のことはどんなに時間が経っても忘れることはないと表現することが多いのであろう。
 この短歌では、時間がもっともっと経てば、妻を失った悲しみも、薄れていくであろうと表現しているように感じる。  
 死者への思いはどちらも真実であろう。この短歌から、亡くなった人のことを忘れはしないが、亡くした悲しみは時間とともに薄らいでいくことを感じる。

 「挽歌」に注目したことはなかった。万葉集の分類としても、一般なジャンルとしても、意識して読んだことはない。
 最近、万葉集巻五と石川啄木『一握の砂』を読んでいる。
 万葉集巻五の部立ては雑歌であるが、793~799までは内容からすると挽歌だ。
 『一握の砂』の成立の事情について調べるつもりはないが、私は冒頭の数首を亡き子を思う作品と受け取った。根拠は歌集の前書き以外には何もないし、亡き子を悼む心情を表現しているという解釈を読んだこともない。だから、根拠も自信もない。 

 人麻呂と憶良の挽歌を読み、茂吉と啄木の亡き人のことを作歌の動機とした短歌を何首か読むと、そこに時代を超えた流れを感じる。
 死を悼む気持ちを表すには、短歌(長歌)の形式がふさわしいとさえ感じられる。

 人の死に接したときの気持ちは、時代を問わず容易に表しきれるものではない。だが、表現せねば残された者は、いたたまれないし立ち直れない。いかに、死に伴う悲しみに打ちのめされようと、残された者は生きていかねばならない。
 死を悼む心情を表すことができる特異な表現形式が短歌(長歌)であり、その作品によって多くの人々の共感を得ることができる歌人が存在すると感じる。

 人麻呂も憶良も、自分自身に深く関係のある人物の死でなくても、死を悼む気持ちを表すことができた。そして、それは当事者にとっては自分の表現以上に、自身の心の表出と感じられたのであろう。

 啄木の「東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる」の一連の歌は、亡き子への挽歌が、生きる啄木の「我を愛する歌」へと広がり深まっていったと感じた。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

ひと夜さに嵐来たりて築きたる
この砂山は
何の墓ぞも

<口語訳>
一夜の嵐が築いたこの砂山は、いったい何の墓なのか。

<意訳>
一夜の嵐で砂山が築かれていた。
砂山が墓に見える。
この砂山は、いったい何の墓なのか。


 愛する人を亡くし、その悲しみに耐えきれなくて、毎夜一人で海辺に来ている。だが、啄木はそのことを直接は表現しない。
 直接に表現しないだけに、感覚をそのまま感じることができる。砂山を、亡き子の墓と感じてはいないのだろう。その砂山は、啄木にとって「何の墓ぞも」なのだ。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

いたく錆びしピストル出でぬ
砂山の
砂を指もて掘りてありしに

<口語訳>
錆びついたピストルが出てきた。
砂山の
砂を指で掘っていると、そこにあったのだ。

<意訳>
海に一人で来た。
何をしに来たというのでもない。
砂山の砂を意味もなく、指で掘り続ける。
錆びついて赤茶けボロボロになったピストルが砂の中から出てきた。
ピストルは砂の中で錆びていく。
また、涙が流れる。

 この一首を単独で読むと、意訳の後半二行はなくなる。歌集の前後の作品と併せて読むと、一連の情感が感じられる。
 どちらの読み方をしても、この作品が好きだ。情景がわかる。作者の気持ちにも同化できる。ピストルは、本物で戦時中の遺物と想像した。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

大海にむかひて一人
七八日
泣きなむとすと家を出でにき

<私が考えた歌の意味>
一人だけで大海に向かって泣く。
そんな日を七日、八日と過ごしている。
今日もまた、海に行き、泣こうと家を出た。

<私の想像を加えた歌の意味>
海に向かって、一人で涙を流す日々が続いている。
いったい何日泣き暮らせば、この悲しみが消えるのだろうか。
妻の前で涙を流すことはできない。
今日も、海へ行くために一人で家を出る。

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