朝日新聞夕刊2017/3/1 あるきだす言葉たち 春の流星 杉谷 麻衣(すぎたに まい)

身のうちに心臓(こころ)のふたつあることを知らされてなお遠いあさやけ

 この一首だけでは、どんなことを詠んでいるのか、わからなかった。

産院のいりぐちに待つ靴がみなわれを向きたり春花の顔で

生まれても産まれぬいのちのあることも奇跡でしょうか花冷えの風

 この二首を読んで、歌の意味が私にも伝わってきた。
 文字の効果を感じさせられる。
 「心臓」は、心臓に間違いないのだが、作者にとっては、「こころ」なのだと感じる。
 いのちが「生まれ」た。だが、「産まれぬ」いのちも「ある」。作者にとって、このことは、「奇跡でしょうか」という問いかけでしか表せない心情なのであろう。
 この三首の短歌に表現されている経験と心情を、追体験することは私には不可能だ。だが、作者が感じているものを受け取ることはできる。
 短歌という形式は昔のままだが、内容は極めて現代だと感じた。