次の二首を比べると、作者の心の状態の違いが見えてくる。

まれにある
この平なる心には
時計の鳴るもおもしろく聴く

死ね死ねと己を怒り
もだしたる
心の底の暗きむなしさ

 一首目からは、穏やかではあるが、生き生きと日常の事柄を受け止めている気分が伝わってくる。二首目は、怒りと後悔に封じ込められている心が伝わってくる。
 誰しも、精神の状態は変化し続ける。晴れやかな気分が、一転、暗く不吉な気分に突き落とされることもある。そして、心の状態、その時の気分を表現する語句はなかなか見つからない。天候にたとえたり、色にたとえたりするが、思うようには表せない。
 啄木の心情の変化は、まるで我がことのように読者に伝わってくる。日常的な緩やかな気分の変化も、激しい心情の動きも、変化に伴う身体の感覚を伴って描かれている。
 こんなにも、自在に自己の心の内を、短歌で表現できるのは、啄木の凄さだと感じる。