万葉集 巻一 49 柿本人麻呂

日並の 皇子の尊の 馬並めて み狩立たしし 時は来むかふ
ひなみしの みこのみことの うまなめて みかりたたしし ときはきむかう


<私の想像を加えた歌の意味>
昔、この場所で、軽皇子の父上であられた日並(草壁)の皇子が、狩りを催されました。
まさに今、あの時と同じ季節を迎えます。
今は亡き日並の皇子が馬を並べて、狩りへと出発された様子が目に浮かぶようです。
さあ、今こそ軽皇子も父上と同じように、馬をお進めください。

<歌の感想>
 46から49の短歌は、45の長歌と一体となり、遊猟の様子と、その遊猟がもつ意義を見事に表現していると感じる。
 その中でも、47の短歌が優れていると思う。
 「ま草刈る 荒野にはあれど 黄葉の 過ぎにし君が 形見とそ来し」は、単純な構成で、情景と心情を表す語句は少ない。しかし、「形見とそ来し」で、人麻呂と遊猟の一行がその土地にどんな思いを抱いているかが伝わってくる。「ま草刈る」と「黄葉の」の枕詞は、現代でもあるイメージを湧かせる効果を発揮している。
 47の短歌とともに49を味わうと、人麻呂の視点が過去のことを思い出として描いているだけではないことがよく伝わってくる。