万葉集 巻一 35 

これやこの 大和にしては 我が恋ふる 紀路にありといふ 名に負ふ背の山
これやこの やまとにしては あがこうる きじにありという なにおうせのやま

<私が考えた歌の意味>
大和にいるころから背の山をぜひにも見たいと思っていました。
その有名な背の山を紀伊路で見ることができ、思いが叶いました。

<私の想像を加えた歌の意味>
大和を出発する前からあなたがいた紀伊を見たいと思っていました。
今ようやくあなたが暮らしていた所に着き、あなたを思い出しながらこの地を見ています。

<歌の感想>
 34と35の短歌には、表面的な歌の意味だけではなく、その裏に表現したいことが含まれていると感じる。それについては、いろいろな解釈があり、どれが正しいかは私には分からない。
 だが、34では作者が見ている以前に特定の誰かが松の枝に手向けをしたことを思い浮かべているのが想像できる。また、35では山の名に隠して、恋しい人のことが詠まれているのが想像できる。
 表現の裏に真意を込める、また表現から裏の真意を理解するという言語の操作が、万葉集中の作品で盛んに行われていたことは間違いないといえる。