万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

自(おの)が才に身をあやまちし人のこと
語り聞かせし
師もありしかな

<私の想像を加えた歌の意味>
自分の才能を驕って、結果として身を滅ぼしてしまった人のことを話してくれた先生がいた。
多くの先生の教えは、たいてい忘れてしまったが、その先生が語り聞かせてくれたことはいまだに覚えている。

万葉集 巻二 228 和銅四年(七一一)、河辺宮人が姫島の松原で若い娘の屍を見て、悲しみて作った歌二首(228・229)

妹が名は 千代に流れむ 姫島の 小松がうれに 蘿生すまでに
いもがなは ちよにながれん ひめしまの こまつがうれに こけむすまでに

<私が考えた歌の意味>
ここで、死んでしまった若い娘よ、悲しまなくともよい。
あなたが美しかったという評判は消えはしません。
姫島の小松の梢が苔で覆われるほど長い月日が経とうとも。

<私が考えた歌の意味>
若く美しかった娘、今は、ここ、姫島でかばねとなってしまった。
亡くなった娘さん、埋葬されないことを悲しまないでください。
たとえ、手厚く埋葬されることがなくとも、あなたの名は、忘れ去られることはありません。
今は小さい松だが成長して、梢に下がり苔をつけるくらい長い年月が経とうともあなたの評判は残り続けます。

万葉集 巻二 227 或る本の歌に言う

天ざかる 鄙の荒野に 君を置きて 思ひつつあれば 生けるともなし
あまざかる ひなのあらのに きみをおきて おもいつつあれば いけるともなし

<私が考えた歌の意味>
遠く離れた荒野で亡くなったあなたを、そのままにしておくしかありません。
あなたが永遠の眠りについている所へ行くこともできずに、あなたのことを偲んでいると、生きている気もしません。

<私の想像を加えた歌の意味>
あなたを弔いに、あなたが亡くなった場所に行くこともできません。
あなたは、遠く離れたいなかの荒野で、手厚く葬られることもなく眠っています。
あなたが眠っている場所から遠く離れた都で、あなたのことを思い出しています。
あなたが息絶えた所へ行くこともできずにいると、私は生きていることが辛くなります。

万葉集 巻二 226 丹比真人(名は不明)が柿本人麻呂の心中を推察して、代わって答えた歌一首

荒波に 寄り来る玉を 枕に置き 我ここにありと 誰か告げけむ
あらなみに よりくるたまを まくらにおき われここにありと たれかつげけん

<私が考えた歌の意味>
荒波の打ち寄せる浜に、私は横たわっている。
私がここにこうしていることを、誰が妻に知らせることができるだろうか、できはしない。

<私の想像を加えた歌の意味>
枕辺には荒波の泡が打ち寄せてくる。
私は息が絶え、このような場所にいる。
私がどんなに妻に逢いたいと思ってもかなわなかった。
妻も私のことをひどく心配しているであろう。
せめて、私がここで息絶えたことだけでも、家に知らせたい。
だが、家に知らせてくれる者は誰もいない。

万葉集 巻二 225 柿本朝臣人麻呂が死んだ時に、妻の依羅娘子(よさみのをとめ)が作った歌二首(224~225)

直の逢ひは 逢ひかつましじ 石川に 雲立ち渡れ 見つつ偲はむ
ただのあいは あいかつましじ いしかわに くもたちわたれ みつつしのわん

<私が考えた歌の意味>
直にお逢いすることはもうかなわないでしょう。
あなたが息を引き取ったという石川に雲がわいてほしいものです。
その雲を見ながら、帰らぬあなたのことを偲びます。

<私の想像を加えた歌の意味>
もうあなたに逢うことはできません。
あなたが息を引き取った石川の山中に行くことさえもできません。
あなたのことをどんなに想っても、どうすることもできません。
せめて、あなたの最期の地の石川の辺りの空を見やって日を送ります。
願わくば、石川の辺りに雲が湧き起こるとよいのに。
雲を頼りに、あなたとの思い出を振り返ることができるように。

<歌の感想>
 224と225は、二首ともに悲痛な調べはない。
 夫の死を受け容れてはいるが、諦め切れない思いを感じる。

万葉集 巻二 224 柿本朝臣人麻呂が死んだ時に、妻の依羅娘子(よさみのをとめ)が作った歌二首(224~225)

今日今日と 我が待つ君は 石川の 峡に交じりて ありといはずも
きょうきょうと あがまつきみは いしかわの かいにまじりて ありといわずも

<私が考えた歌の意味>
きょうは帰るか、きょうは帰るかと、私はあなたをお待ちしていました。
そのあなたは、石川の山中にいるというではありませんか。

<私の想像を加えた歌の意味>
今日こそはお戻りになると、毎日お待ちしていました。
そのあなたは、遠く離れた石川の山奥深くにいるというではありませんか。
山奥で、帰らぬ人となられたいうではありませんか。
いくら待ち続けても、あなたは石川の山に居続けるのですね。
もう、ここにお戻りになることはないのですね。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

おどけたる手つき可笑(をかし)と
我のみはいつも笑ひき
博学の師を

<私が考えた歌の意味>
なんとなくこっけいな手つきで、授業をする先生がいた。
他の生徒は笑わなかったが、私だけは、その先生の手つきを笑っていた。
その先生が博学だということを、私も知っていたが、可笑しいものは可笑しいから。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

蘇峰(そほう)の書われに薦(すす)めし友はやく
校をしりぞきぬ
貧しさのため

<私が考えた歌の意味>
徳富蘇峰の著作を、私に読むように薦めてくれた友人がいた。
その友人は、入学してほどなく学校を止めてしまった。
家が貧しく、学費が続かなかったと聞く。

<私の想像を加えた歌の意味>
蘇峰の本をぜひ読めと、熱心に私に薦めた友人だった。
権威に負けまいとする考えを持っていた友人だった。
彼が私に蘇峰の本を薦めたのは、私にも権力や権威に逆らう心を感じたからであろうか。
その彼が、早々と退学してしまった。
家が貧しくて学費が続かなかったのだ。
金に不自由なく、学生生活を楽しんでいた多くの友人よりも、退学をしたあの男が懐かしい。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

かぎりなき知識の慾に燃ゆる眼を
姉は傷(いた)みき
人恋ふるかと

<私が考えた歌の意味>
際限のない知識欲にかられて、燃えるように眼を輝かせていた。
その私の眼差しを、姉はひどく心配していた。
私が誰かに激しく恋しているのではないかと。

<歌の感想>
 家族の中でも、この姉とは特に気持ちが通じていたように思う。姉が自分のことを誤解して心配してくれたことを、姉への信愛を込めながら回想している。そして、その頃の啄木が、純粋な知識欲に満ちていたことをも懐かしんでいるのが感じられる。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

解剖せし
蚯蚓(みみず)のいのちかなしかり
かの校庭の木柵の下

<私が考えた歌の意味>
授業でミミズを解剖した。
解剖されたミミズは、校庭の木の柵の下に埋められた。
学習のためだとは分かっているが、ミミズにだっていのちはあるのだ。

<歌の感想>
 ここにも、学生の頃の作者の感覚がよく出ている。ミミズの解剖には、平然を装うか、嫌悪感を持つかだと思うが、それを、「いのちかなしかり」と表現している。これは、ミミズのいのちが絶えたことを悲しむでも、ミミズは解剖され悲しかったろうでもない。作者独特の「かなしかり」という語感だと思う。

万葉集 巻二 223 柿本朝臣人麻呂が石見国にあって死ぬ時に、自ら悲しんで作った歌一首

鴨山の 岩根しまける 我をかも 知らにと妹が 待ちつつあるらむ
かもやまの いわねしまける われをかも しらにといもが まちつつあらん

<私が考えた歌の意味>
鴨山の山中で動けなくなってしまっている私であることだ。
私がここで、死んでしまっても、わが妻は知らず私の帰りを待ち続けるであろう。

<私の想像を加えた歌の意味>
鴨山の岩に頭を付けてもう何日も動けない。
同行の人々も私の病をどうすることもできない。
私は、この地で息を引き取るであろう。
私が死んでも、それを知るすべのない妻は、私の帰りを待ち続けることであろう。

<歌の感想>
 題詞をそのままに受け取ってよいのであろうか。
 題詞がないものとすれば、次のような意味に取れる。
 鴨山の山中で、私は病で動けなくなっている。妻はそのことを知らないので、私の帰りが遅いと待ち焦がれているであろう。
 このような気持ちが、詠まれていると言えよう。
 題詞通りだとすると、
 妻にはこのまま二度と会うことはない。後に私の死を知らされた妻は、どんなにか残念に思うことであろう。
 作品の余韻として、上のような気持ちが込められていると思う。

 私には、どちらが短歌そのものに即しているか、まだ分からない。ただし、どちらの場合でも、自身の悲嘆を叙することなく、自身の状況が周囲の人にどのように受け取られるか、という視点が貫かれていることは確かだ。

万葉集 巻二 222 讃岐の挟岑(さみね)の島で、岩の間の死人を見て、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌(220~222)

沖つ波 来寄する荒磯を しきたへの 枕とまきて 寝せる君かも
おきつなみ きよするありそを しきたえの まくらとまきて なせるきみかも

<私の想像を加えた歌の意味>
沖からの波が、岩ばかりの磯に打ち寄せている。
その磯の岩の合間に、死人が横たわっている。
名も知らぬあなた、葬られることなく、磯の岩を枕として漂っているしかなかったのか。

<歌の感想>
 見たままの事実を叙しているだけのようでありながら、それ以上のものが感じられる。
 旅の途上にあった人麻呂一行は、その死体を弔うような余裕はないのであろう。人麻呂もまた、その骸を見棄てていくしかない。それだけに、その死人への鎮魂の気持ちは増す。
 220~222までに、直接的な哀悼の表現はない。だが、磯に横たわる人よ、どんなにか寂しくこの世を去ったことでしょう、という人麻呂の同情と無常の念を感じる。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

愁(うれ)へある少年の眼にうらやみき
小鳥の飛ぶを
飛びて歌うを

<私が考えた歌の意味>
愁いや哀しみの心を持つ少年にはうらやましかった。
小鳥が自由に空を飛びまわるのが。
その小鳥が飛びながら楽し気に歌うのが。

<歌の感想>
 啄木が「煙」の章で、詠んでいるのは、養うべき家族や、金のために働くことのなかった頃のことだ。その頃、盛岡での学生時代の啄木は、若く自由である。しかし、愁いや反発を常に持っていたと感じる。
 この短歌は、その心の二面性がはっきりと表現されている。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

石ひとつ
坂をくだるがごとくにも
我けふの日に到り着きたる

<私が考えた歌の意味>
ひとつの石が坂をくだるように、私は、今日の日にたどり着いた。

<歌の感想>
 あっという間に時間が過ぎることだけを表現しているのではあるまい。何もかもが新鮮で、輝いていた頃がたちまちに過去になったことを、さびしく思う作者の心情を感じる。
 生活に煩わされない学生時代は、啄木にとって特別に懐かしいものであったことが、伝わって来る。

万葉集 巻二 221 讃岐の挟岑(さみね)の島で、岩の間の死人を見て、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌(220~222)

妻もあらば 摘みて食げまし 沙弥の山 野の上のうはぎ 過ぎにけらずや
つまもあらば つみてたげまし さみのやまの ののうえのうわぎ すぎにけらずや 

<私が考えた歌の意味>
あなたの妻がそばにいたなら、一緒に摘んで食べることができたでしょうに。
沙弥の山の野の嫁菜は、摘まれることもなく盛りを過ぎてしまいました。

<私の想像を加えた歌の意味>
この亡骸は、誰に知られることもなくこの海岸に漂着したのでしょう。
亡骸よ、この海岸に流れ着いていることを、あなたの妻が知ったなら、きっとここにやって来るでしょう。
妻に知られることもなく、葬られることもなく、亡骸は波に洗われている。

<歌の感想>
 長歌と反歌(短歌)は、一対となった表現形式であることがよく分かる。
 221は、短歌だけを読むと、妻と離れている作者が妻を恋しく思っている作と受け取れる。そのように味わっても、作者の気持ちの伝わる作だと思う。
 しかし、長歌を受けての反歌二首なので、「岩の間の死人」のことを詠んでいると受け取るべきだと思う。そう受け取ると、葬られることもなく、波に洗われ、野ざらしになっていく亡き人の哀れさを感じ取ることができる。

万葉集 巻二 220 讃岐の挟岑(さみね)の島で、岩の間の死人を見て、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌(220~222)

玉藻よし 讃岐の国は 国からか 見れども飽かぬ
たまもよし さぬきのくには くにからか みれどもあかぬ

神からか ここだ貴き 天地 日月とともに
かんからか ここだとうとき あめつち ひつきとともに

足り行かむ 神の御面と 継ぎ来たる 中の湊ゆ
たりいかん かみのみおもと つぎきたる なかのみなとゆ

船浮けて 我が漕ぎ来れば 時つ風 雲居に吹くに
ふねうけて わがこぎくれば ときつかぜ くもいにふくに

沖見れば とゐ波立ち 辺見れば 白浪さわく
おきみれば といなみたち へみれば しろなみさわく

いさなとり 海を恐み 行く船の 舵引き折りて
いさなとり うみをかしこみ いくふねの かじひきおりて

をちこちの 島は多けど 名ぐはし 挟岑の島の
おちこちの しまはおおけど なぐわし さぬきのしまの

荒磯面に 庵りて見れば 波の音の しげき浜辺を
ありそもに いおりてみれば なみのおとの しげきはまへを

しきたへの 枕になして 荒床に ころ臥す君が 
しきたえの まくらになして あらとこに ころふすきみが

家知らば 行きても告げむ 妻知らば 来も問はましを
いえしらば いきてもつげん つましらば きもとわましを

玉鉾の 道だに知らず おほほしく 待ちか恋ふらむ
たまほこの みちだにしらず おほほしく まちかこうらん

愛しき妻らは
いとしきつまらは

<私の想像を加えた歌の意味>
讃岐の国は、何度訪れても飽きることのない地です。
讃岐の国は、神々に守られ、清らかな地です。
ここは、神代から続き、これからも永遠に栄えていく地です。
神代から続く讃岐の国の那坷の湊から我々は船を漕いで来ました。
船を進めると、突然の強風に見舞われました。
沖には高くうねる波が、岸辺は激しい白波が、見え始めます。
海が大荒れになる前にと、必死で漕いで挟岑の島に着きました。
挟岑の島は、その名にふさわしく美しい島です。
その島の海岸で、嵐が過ぎるまでの仮小屋を作りました。
やや落ち着いて、辺りを見回すと、浜辺に人が倒れています。
人は息絶えてからしばらく経っているようで、その場には波音だけが絶え間なく響きます。
浜辺で息絶えてしまったあなた、家がわかっていれば、ここに眠って
いますと知らせますのに。
あなたの妻が、あなたがここで亡くなったことを知ったなら、訪ねてくるにちがいないでしょうに。
あなたがいつまでも帰って来ないことを心配し、あなたの妻はどんなにか待ち焦がれているでしょう。

<歌の感想>
 ドラマを感じる。
 前半は、讃岐の地を、由緒ある美しい国とほめあげる。船出は、穏やかな海だったのであろう。ところが、急に突風に見舞われ、やっとの思いで、島にたどり着く。ほっと一息ついたその島で見たのが、息絶え、打ち棄てられたような人の姿であった。海難事故の死体が、流れ着いたものであろうと、想像した。
 同行の人々は、その遺体を恐れ、直視しようとはしない。人麻呂も、何かをしてやれるわけではない。ただ、流れ着いた屍に語りかけるのみだった。
 土地、国、島への畏敬と、海で亡くなった人々への鎮魂が同居している人麻呂のスケールの大きさを感じる。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

そのかみの愛読の書よ
大方は
今は流行(はや)らずなりにけるかな

<私が考えた歌の意味>
過ぎ去ったあの頃に愛読した何冊もの本。
あの頃は、流行し、もてはやされた書物だった。
それらの本の大半は、今はもう流行遅れで、読み継がれることはなくなってしまった。

歌の感想
 この短歌のように、淡々とした詠みぶりのものが好きだ。
 歌意を散文にすると、書物の流行りすたりを表現していると受け取れる。だが、短歌からは、作者が学生時代に流行し、作者も夢中になった思想や芸術の大半が、今は価値のないものになったという思いが伝わる。
 書物の大半が、時代が変わると見向きもされなくなるのはいつの時代にもある。また、青春の頃に夢中になったものが変化するのは多くの人に共通する。そのような変化に気づいた時の感覚が、この短歌には表現されている。

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