万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。 私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

ある年の盆の祭りに
衣(きぬ)貸さむ踊れと言ひし
女を思ふ


<私が考えた歌の意味>
ある年のお盆の祭りのことであった。
盆踊りに着る浴衣を貸すので、あなたも一緒に踊ればよいのにと誘ってくれた女がいた。
あの誘ってくれた女のことを思い出す。

<私の想像を加えた歌の意味>
ある年、盆のころに故郷に戻った。
故郷では、盆踊りが盛んだが、私はもう村の人たちと一緒に踊る気などなかった。
その私に、あなたも一緒に踊るとよいのに、と誘ってくれた女がいた。
知らない仲ではなかったが、特別に親しかった人でもなかった。
浴衣もないし、と誘いを断ると、その人は、それじゃあ浴衣を貸してあげる、とまで言ってくれた。
結局は、断ったのだが、あのときのその女の残念そうな様子を思い出すことがある。
あの人と一緒に踊ればよかったという思いとともに。

<歌の感想>
 啄木にとって、懐かしいのは、故郷の風物だけではない。友だちであり、自分が教えてもらった教師であり、自分が教えた教え子であり、恋心を抱いた女であり、故郷に住む人みんなのことも懐かしいのだ。
 そして、故郷の村の人々と、都会で知り合った人々との間には越えることのできない壁があるように感じる。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

千代治等(ら)も長(ちやう)じて恋し
子を挙げぬ
わが旅にしてなせしごとくに


<私が考えた意味>
幼馴染の千代治たちのことが、大人になった今、懐かしい。

千代治も嫁さんをもらって、子をつくったという。
私が、村から都会へ出て、旅人のように暮らしながら結婚し子どもができたように。

※「わが旅にしてなせしごとくに」の意味がわからない。故郷を出てからの暮らしを「旅」と表現しているのであれば、上のような意味になると思う。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

小学の首席を我と争ひし
友のいとなむ
木賃宿かな


<私の想像を加えた歌の意味>
小学校で、私と成績の一番を争った友がいた。
今晩泊まる木賃宿は、その友が営んでいる宿だ。
なつかしいような、また、友の才能がもったにないような、いろいろな気持ちが交錯する。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

かの村の登記所に来て
肺病(や)みて
間もなく死にし男もありき

<私が考えた歌の意味>
あの村の登記所に久しぶりに新しい人が赴任してきた。
赴任してきたが、村に来て勤め始めて間もなく、肺病で亡くなってしまった。
そういう人のことを思い出す。

<私の想像を加えた歌の意味>
故郷の村の近くの村に登記所がある。
その登記所に赴任してきて、間もなく肺病を患って亡くなってしまった男がいた。
故郷の村々では、そのことが話題となり、しばらくの間はその話で持ち切りだった。
故郷をなつかしく思う時にそんなことも思い出す。

<歌の感想>
 故郷のエピソードを短歌にしているのであるが、興味深い内容だ。当時の登記所で働く人がどのような位置づけであったのか、詳しくは分からない。しかし、地元で家業を継ぐ人とは異質な職業であったことは推測できる。
 「村医」にしても「登記所職員」にしても、中央と繋がりをもち、村の域を超えて行動できる職種の人だったと思う。そして、そういう人は、尊敬もされるが、地元に完全に溶け込むのは難しいことだったと思う。そういう村の人々の意識が、この短歌からも伝わってくる。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

ふるさとの
村医(そんい)の妻のつつましき櫛巻(くしまき)なども
なつかしきかな

<私が考えた歌の意味>
ふるさとの村の医者の奥さんのことを思い出す。
あの奥さんは、髪を地味で質素な櫛巻にしていた。
そんなことなどもなつかしい。

<私の想像を加えた歌の意味>
ふるさとのことを様々に思い出す。
ふるさとには、村医者がいた。
医者といえば村では名士の一人だが、あの医者は、えらぶったところがない人だった。
医者もそうだが、医者の奥さんも控えめな人だった。
髪型もいつも質素な櫛巻ですましていた。
そんな細かなことにまで、しみじみとなつかしさを感じる。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

やはらかに柳あをめる
北上(きたかみ)の岸辺(きしべ)目に見ゆ
泣けとごとくに


<私が考えた歌の意味>
青く茂ってきた柳の葉がやわらかい。
ふるさとで見た北上川の岸辺の春の風景。
北上川の流れ、岸辺の柳、あの様子が目に浮かぶ。
私に、泣きなさい、といっているように。

<私の想像を加えた歌の意味>
この季節になると、見ているように浮かんでくる。
川岸の柳が青々と茂ってくるのが。
その柳の葉はいかにもやわらかいのが。
あの北上川の風景が、あの柳の葉の感触が、思い浮かぶ。
あの北上川の風景を思うと、涙が浮かぶ。
望郷の思いか、後悔の思いか。
ふるさとの光景は、私に語りかける。
なつかしさに、かなしさに、身を任せなさい、と。
泣きなさい、と。

<歌の感想>
 多くの人々に時代をこえて愛される短歌だ。
 でも、なぜ、ふるさとの懐かしい風景などもたない私に共感できるのか、不思議でもある。
 「泣けとごとくに」は、なにを意味するのか?ふるさとを恋しく思って泣くのか、ふるさとの風景を思い浮かべると涙がでるのか、それとも、過去に見た風景に伴う思い出に涙がでるのか。
 おそらくは、それらのすべてであろう。この短歌を味わう人の一人一人がもっている思い出の風景と、取り戻すことのできない美しい記憶が、石川啄木のこの短歌によって、わきあがるのだと思う。
 『一握の砂』の「煙」の中の一首として味わうと、ふるさとの懐かしい風景を描いているだけの短歌とはとうてい思えない。私たちが失おうとしている、あるいはすでに失ってしまった大きく深いものを、啄木はとらえていると感じる。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

石をもて追はるるごとく
ふるさとを出しかなしみ
消ゆる時なし


<私が考えた歌の意味>
石を投げつけられて追い出されたように故郷を出て来た。
その悲しみは消えることがない。

<私の想像を加えた歌の意味>
ふるさとを出たときのことを思い出す。
何者かに石を投げられて、追われているようだった。
出て行けと、ふるさとから追い出されたようだった。
出て行けという人は、ふるさとにはいなかったのに。
あの時の心情を思い出す。
あのやりきれないかなしみが、これから先も一生消えることはない。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

ふるさとを出て来(き)し子等の
相会いて
よろこぶにまさるかんしみはなし


<私が考えた歌の意味>
ふるさとを出て来た子どもたち同士が、都会で会う。
同じふるさとの人に会うことはうれしいことだ。
だが、それは、喜びをこえる深いかなしみだ。

<私の想像を加えた歌の意味>
村から出て来た子どもたち同士が、都会で会う。
都会に出て来た子どもたちは、この会合をなによりもよろこぶ。
都会に憧れてふるさとを出て来たのに、その都会で、ふるさとの人に会うことを一番の楽しみとする。
それは、なんとも皮肉で悲しい心状だ。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

あはれかの我の教へし
子等もまた
やがてふるさとを棄てて出づるらむ


<私が考えた歌の意味>
私が学校で教えたあの子どもたち。
あの子たちも故郷を出て行くのであろう。
あの子たちも故郷を棄てて都会へと出て行くのであろう。

<私の想像を加えた歌の意味>
故郷の小さな学校で、私が教えた子どもたち。
ああ、あの純真な子どもたちも故郷を棄てるのだろう。
美しい自然と、穏やかな人のつながりのあるあの故郷を。
故郷の村は貧しく、進歩もない。
貧しさゆえに、進歩のなさゆえに、若者は故郷を出る。
若者が向かう都会に、どんな豊かさが、どんな進歩があるというのか。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

田も畑も売りて酒のみ
ほろびゆくふるさと人に
心寄する日


<私が考えた歌の意味>
自分の田んぼも畑も売り払い、酒で身を滅ぼした人がいた。
故郷のそんな人のことを、なぜか考えてしまう日がある。

<私の想像を加えた歌の意味>
先祖代々受け継いできた田畑を、一時の現金が欲しいために売ってしまった何人かが、故郷にいた。
そういう何人かは、酒で身を亡ぼすのが定石だった。
大切な田畑を酒に費やしてしまったと、故郷でも愚か者扱いされる人たちだ。
だが、過酷な農民の暮らしを知っているだけに、そういう人を一概に非難できない。
あの身を滅ぼした人たちも、私の故郷の人の何人かなのだ。
あの身を滅ぼした人たちも、故郷の親しかった人たちなのだ。

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