万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

万葉集 巻二 231 霊亀元年(715)秋九月に、志貴親王が亡くなった時に作った歌一首と短歌(230~232)

高円の 野辺の秋萩 いたづらに 咲きか散るらむ 見る人なしに
たかまとの のべのあきはぎ いたずらに さきかちるらん みるひとなしに

<私が考えた歌の意味>
秋になり、高円の野辺には萩が咲くだろう、そして散っていくであろう。
今までのように、萩の咲くのを楽しみし、見てくれた人はもういない。
萩を好きだった親王はいなくなり、萩だけが、虚しく咲き、散っていくのであろう。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

興(きょう)来(きた)れば
友涙垂れ手を揮(ふり)て
酔(ゑ)ひどれの如くなりて語りき


<私が考えた歌の意味>
興がのると、友は涙を流し、手を振り回して語る。
あいつは、酒も飲んでいないのに、まるで酔っ払いのようになって熱弁をふるい続けていた。

<歌の感想>
 友の行動の表現と、比喩が重なり過ぎていて、おもしろみの少ない作と感じる。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

先んじて恋のあまさと
かなしさ知りし我なり
先んじて老ゆ

<私が考えた歌の意味>
同じ年齢の若者より早く恋を経験した。
恋のあまさとかなしさを人より早く知った私だった。
そんな早熟な私だから、老成するのも早いのだ。

<歌の感想>
 理屈が前面に出ていて、感心できない。

万葉集 巻二 230 霊亀元年(715)秋九月に、志貴親王が亡くなった時に作った歌一首と短歌(230~232)

梓弓 手に取り持ちて ますらをの さつ矢手挟み
あずさゆみ てにとりもちて ますらおの さつやたばさみ

たち向かふ 高円山に 春野焼く 野火と見るまで
たちむかう たかまどやまに はるのやく のびとみるまで

燃ゆる火を 何かと問へば 玉鉾の 道来る人の
もゆるひを なにかととえば たまほこの みちくるひとの

泣く涙 こさめに降れば 白たへの 衣ひづちて
なくなみだ こさめにふれば しろたえの ころもひずちて

立ち留まり 我に語らく なにしかも もとなとぶらふ
たちどまり われにかたらく なにしかも もとなとぶらう

聞けば 音のみし泣かゆ 語れば 心そ痛き
きけば ねのみしなかゆ かたれば こころそいたき

天皇の 神の皇子の 出でましの 手火の光そ
すめろきの かみのみこの いでましの たひのひかりそ

ここだ照りたる
ここだてりたる

<私の想像を加えた歌の意味>
高円山(たかまとやま)に、春野を焼く野火のような炎が見える。
あの炎は何ですか、と歩いて来た人に尋ねると、その人は衣を濡らすほど涙を流して答える。
どうしてあの炎のことを聞くのですか、聞かれただけで泣いてしまいますし、炎の訳をお話すれば、心が痛みます。
あれは、皇子様の葬列のたいまつの光が、たくさん照っているのです。

与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

御袖(みそで)くくりかへりますかの薄闇(うすやみ)の欄干(おばしま)夏の加茂川の神

<私の想像を加えた歌の意味>
今宵一緒に過ごしたいのに、あなたは、帰ってしまいます。
そでをまくった姿で、薄闇の加茂川の橋を渡って行ってしまいます。
夏の加茂川の欄干に夕闇が迫ります。
帰ってしまうあなたの姿を眼で追っています。

万葉集 巻二 229 和銅四年(七一一)、河辺宮人が姫島の松原で若い娘の屍を見て、悲しみて作った歌二首(228・229)

難波潟 潮干なありそ ね沈みにし 妹が姿を 見まく苦しも
なにわがた しおひなありそ ねしずみし いもがすがたを みまくくるしも

<私の想像を加えた歌の意味>
海底に沈んでしまったおとめのなきがらを見るのは辛い。
難波潟の潮が干上がれば、おとめのなきがらを目にしなければならないだろう。
潮よ、引かないで、おとめのなきがらをそのままにしておいてくれ。

<歌の感想>
 作者の気持ちが率直に表れている。それだけに、作者と「妹」の関係が密接ではないことも感じられる。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

わがこころ
けふもひそかに泣かむとす
友みな己(おの)が道をあゆめり

<私の想像を加えた歌の意味>
かなしさに浸り、時を過ごす。
ひそかに、独りで、自分の心を見つめる。
私の心は、今日も泣こうとしている。
友はみんなそれぞれの道を歩んで行った。
私だけが、心の底のかなしみを見つめている。

<歌の感想>
 啄木の「泣かむとす」は、自己の文学創作につながる表現だと感じる。学校での学業に打ち込めなくなり、文学へと歩み出そうとしている時期を描いていると感じる。そして、この時期は、友人皆と自分を比べ、コンプレックスと呼べそうな感情を持っていると思う。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

眼を病みて黒き眼鏡をかけし時
その頃よ
一人泣くをおぼえし

<私が考えた歌の意味>
眼病を患って、日を遮る黒いレンズの眼鏡をかけた。
ちょうどその頃からだ。
孤独感に涙する経験をするようになったのは。

<私の想像を加えた歌の意味>
目を病んで、黒いレンズの眼鏡をかけなければならなかった。
黒いレンズの眼鏡をかけると、世の中のものが全て、くすんだ色に見えた。
ちょうどその頃からだ。
私が独りで泣くようになったのは。
悲しい出来事があったからではない。
理由のないかなしみが押し寄せて来て、泣くより他になくなるのだ。
その頃から、独りでかなしみに浸ることが私の習いとなった。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

茨島(ばらじま)の松のなみ木の街道を
我とゆきし少女(をとめ)
やすく暮らせり

<私の想像を加えた歌の意味>
茨島(ばらじま)の松のなみ木の街道をあの少女と歩いた。
どちらが誘ったと言うのでなく、互いに惹かれ合ったのだった。
人目を気にせずに、私と二人連れで歩くような少女だった。
だが、いつの間にか疎遠になっていった。
今は、家庭に入り、平穏に暮らしていると聞く。
私とともに歩いた少女は思い出の中だけにいる。

<歌の感想>
 若い頃の恋心の思い出と言えよう。それなのに、感傷的な気分は詠まれていない。思い出に浸ることなく、現在と過去を行き来している作者を感じる。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

田舎(ゐなか)めく旅の姿を
三日ばかり都に晒(さら)し
かへる友かな 

<私の想像を加えた歌の意味>
いかにも田舎から出て来たという様子で、友は、三日ばかり都で過ごしていった。
出て来た友は、都を珍しがって私の案内を喜んでいた。
私の方は、友のいかにも田舎者という振る舞いが恥ずかしかった。
友が帰ってしまってから、田舎者であることを恥じない友の心を羨ましくさえ思った。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

そのかみの学校一のなまけ者
今は真面目に
はたらきて居り

<私の想像を加えた歌の意味>
その当時は、学校一の怠け者だった奴がいた。
今は、真面目に働いている。
学生時代のままの友もいれば、あいつのようにすっかりと変わってしまう友もいる。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

自(おの)が才に身をあやまちし人のこと
語り聞かせし
師もありしかな

<私の想像を加えた歌の意味>
自分の才能を驕って、結果として身を滅ぼしてしまった人のことを話してくれた先生がいた。
多くの先生の教えは、たいてい忘れてしまったが、その先生が語り聞かせてくれたことはいまだに覚えている。

万葉集 巻二 228 和銅四年(七一一)、河辺宮人が姫島の松原で若い娘の屍を見て、悲しみて作った歌二首(228・229)

妹が名は 千代に流れむ 姫島の 小松がうれに 蘿生すまでに
いもがなは ちよにながれん ひめしまの こまつがうれに こけむすまでに

<私が考えた歌の意味>
ここで、死んでしまった若い娘よ、悲しまなくともよい。
あなたが美しかったという評判は消えはしません。
姫島の小松の梢が苔で覆われるほど長い月日が経とうとも。

<私が考えた歌の意味>
若く美しかった娘、今は、ここ、姫島でかばねとなってしまった。
亡くなった娘さん、埋葬されないことを悲しまないでください。
たとえ、手厚く埋葬されることがなくとも、あなたの名は、忘れ去られることはありません。
今は小さい松だが成長して、梢に下がり苔をつけるくらい長い年月が経とうともあなたの評判は残り続けます。

万葉集 巻二 227 或る本の歌に言う

天ざかる 鄙の荒野に 君を置きて 思ひつつあれば 生けるともなし
あまざかる ひなのあらのに きみをおきて おもいつつあれば いけるともなし

<私が考えた歌の意味>
遠く離れた荒野で亡くなったあなたを、そのままにしておくしかありません。
あなたが永遠の眠りについている所へ行くこともできずに、あなたのことを偲んでいると、生きている気もしません。

<私の想像を加えた歌の意味>
あなたを弔いに、あなたが亡くなった場所に行くこともできません。
あなたは、遠く離れたいなかの荒野で、手厚く葬られることもなく眠っています。
あなたが眠っている場所から遠く離れた都で、あなたのことを思い出しています。
あなたが息絶えた所へ行くこともできずにいると、私は生きていることが辛くなります。

万葉集 巻二 226 丹比真人(名は不明)が柿本人麻呂の心中を推察して、代わって答えた歌一首

荒波に 寄り来る玉を 枕に置き 我ここにありと 誰か告げけむ
あらなみに よりくるたまを まくらにおき われここにありと たれかつげけん

<私が考えた歌の意味>
荒波の打ち寄せる浜に、私は横たわっている。
私がここにこうしていることを、誰が妻に知らせることができるだろうか、できはしない。

<私の想像を加えた歌の意味>
枕辺には荒波の泡が打ち寄せてくる。
私は息が絶え、このような場所にいる。
私がどんなに妻に逢いたいと思ってもかなわなかった。
妻も私のことをひどく心配しているであろう。
せめて、私がここで息絶えたことだけでも、家に知らせたい。
だが、家に知らせてくれる者は誰もいない。

万葉集 巻二 225 柿本朝臣人麻呂が死んだ時に、妻の依羅娘子(よさみのをとめ)が作った歌二首(224~225)

直の逢ひは 逢ひかつましじ 石川に 雲立ち渡れ 見つつ偲はむ
ただのあいは あいかつましじ いしかわに くもたちわたれ みつつしのわん

<私が考えた歌の意味>
直にお逢いすることはもうかなわないでしょう。
あなたが息を引き取ったという石川に雲がわいてほしいものです。
その雲を見ながら、帰らぬあなたのことを偲びます。

<私の想像を加えた歌の意味>
もうあなたに逢うことはできません。
あなたが息を引き取った石川の山中に行くことさえもできません。
あなたのことをどんなに想っても、どうすることもできません。
せめて、あなたの最期の地の石川の辺りの空を見やって日を送ります。
願わくば、石川の辺りに雲が湧き起こるとよいのに。
雲を頼りに、あなたとの思い出を振り返ることができるように。

<歌の感想>
 224と225は、二首ともに悲痛な調べはない。
 夫の死を受け容れてはいるが、諦め切れない思いを感じる。

万葉集 巻二 224 柿本朝臣人麻呂が死んだ時に、妻の依羅娘子(よさみのをとめ)が作った歌二首(224~225)

今日今日と 我が待つ君は 石川の 峡に交じりて ありといはずも
きょうきょうと あがまつきみは いしかわの かいにまじりて ありといわずも

<私が考えた歌の意味>
きょうは帰るか、きょうは帰るかと、私はあなたをお待ちしていました。
そのあなたは、石川の山中にいるというではありませんか。

<私の想像を加えた歌の意味>
今日こそはお戻りになると、毎日お待ちしていました。
そのあなたは、遠く離れた石川の山奥深くにいるというではありませんか。
山奥で、帰らぬ人となられたいうではありませんか。
いくら待ち続けても、あなたは石川の山に居続けるのですね。
もう、ここにお戻りになることはないのですね。

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