万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

万葉集 巻二 195 柿本朝臣人麻呂が泊瀬部皇女(はつせべのひめみこ)と忍坂部皇子(おさかべのみこ)とに奉った歌一首と短歌しきたへの 袖かへし君 玉垂れの 越智野過ぎ行く またも逢はめやもしきたえの そでかえしきみ たまだれの おちのすぎゆく またもあわめや…
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万葉集 巻二 194 柿本朝臣人麻呂が泊瀬部皇女(はつせべのひめみこ)と忍坂部皇子(おさかべのみこ)とに奉った歌一首と短歌飛ぶ鳥の 明日香の川の 上つ瀬に 生ふる玉藻はとぶとりの あすかのかわの かみつせに おうるたまもは下つ瀬に 流れ触らばふ 玉藻なす か
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石川啄木『一握の砂』「煙」 よりよく叱る師ありき髭(ひげ)の似たるより山羊(やぎ)と名づけて口真似もしき<私が考えた歌の意味>しょっちゅう叱る先生がいた。その先生の髭は山羊の髭みたいだったので、あだ名を「山羊」とつけた。その先生の口真似なんかもした。<歌
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石川啄木『一握の砂』「煙」 より夜寝ても口ぶえ吹きぬ口ぶえは十五のわれの歌にしありけり<私の想像を加えた歌の意味>学校の成績は良かったのに、ある時から勉強に興味がなくなった。友達が夢中になっている遊びにも加わりたくなかった。あの頃、やっていて楽しかったの
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石川啄木『一握の砂』「煙」 より晴れし空仰げばいつも口笛を吹きたくなりて吹きて遊びき<私が考えた歌の意味>晴れた空を見上げると、いつも口笛を吹きたくなる。口笛を吹きたくなると、どこでも口笛を吹いて遊んだものだ。<歌の感想> 晴れた空を仰ぎ見ると口笛を吹き
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石川啄木『一握の砂』「煙」 よりかなしみと言はば言ふべき物の味われの嘗めしは余りに早かり<私が考えた歌の意味>「かなしみ」と言えば言えるのであろう。その感情を、初めて持った時を覚えている。私が、「かなしみ」を感じたのは余りにも幼い時のことだった。<歌の感
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より 以前の記事を改めた。大といふ字を百あまり砂に書き死ぬことをやめて帰り来れり<私の想像を加えた歌の意味>勤めを終えたが、すぐに家に帰る気になれない。また、向かう先は、人影のなくなった海辺。砂浜に腰を下ろす。ほの暗
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 『一握の砂』の冒頭の短歌は、有名だ。①東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる 啄木がどのように短歌を作ったかはわからないが、①は、相当に工夫を重ねた作だと思う。また、読む人を意識した短歌だと思う。 次の短歌②は、作歌の時期や動機、また心情に①
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石川啄木『一握の砂』「煙」 より不来方(こずかた)のお城のあとの草に臥(ね)て空に吸はれし十五の心<私が考えた歌の意味>過ぎてしまったあの頃のこと、お城あとの草に寝ころんでいた。空を見上げていると、その空に吸い込まれてしまった。私の十五歳の心が。<歌の感
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 日並皇子尊(草壁皇子)の宮の舎人たちが泣き悲しんで作った歌二十三首(171~193)について、口訳萬葉集 折口信夫では、次のように書かれている。「この廿三首は、恐らく柿本人麻呂のやうな、名家の代作であらうと思はれる。すべて傑作である。」(193)  これを、読ん
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石川啄木『一握の砂』「煙」 より教室の窓より遁(に)げてただ一人かの城跡に寝にゆきしかな<私の想像を加えた歌の意味>もう講義を受けているのが嫌になった。授業が退屈なのはいつものことだが。今日は我慢ができないほどだ。あの教師は追いかけて来はしまい。窓から外
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万葉集 巻二 193 日並皇子尊(草壁皇子)の宮の舎人たちが泣き悲しんで作った歌二十三首(171~193の内から)はたこらが 夜昼とはず 行く道を われはことごと 宮道にぞするはたこらが よるひるとわず いくみちを われはことごと みやじにぞする<私の想像を加えた
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万葉集 巻二 192 日並皇子尊(草壁皇子)の宮の舎人たちが泣き悲しんで作った歌二十三首(171~193の内から)朝日照る 佐田の岡辺に 鳴く鳥の 夜泣きかはらふ この年ころはあさひてる さだのおかへに なくとりの よなきかわらう このとしころは<私が考えた歌の意
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万葉集 巻二 191 日並皇子尊(草壁皇子)の宮の舎人たちが泣き悲しんで作った歌二十三首(171~193の内から)けころもを 時かたまけて 出でましし 宇陀の大野は 思ほえむかもけころもを ときかたまけて いでましし うだのおおのは おもおえんかも<私が考えた歌の
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万葉集 巻二 190 日並皇子尊(草壁皇子)の宮の舎人たちが泣き悲しんで作った歌二十三首(171~193の内から)真木柱 太き心は あり鹿戸 この我が心 鎮めかねつもまきばしら ふときこころは ありしかど このあがこころ しずめかねつも<私が考えた歌の意味>何があ
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与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より春よ老いな藤によりたる夜の舞殿ゐならぶ子らよ束の間老いな<私が考えた歌の意味>春の夜、舞台では乙女たちが舞う。舞台のそばには藤の花も咲く。この春が過ぎないでほしい。舞台の乙女たちも、たとえ一瞬でも老いることなどしない
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万葉集 巻二 189 日並皇子尊(草壁皇子)の宮の舎人たちが泣き悲しんで作った歌二十三首(171~193の内から)朝日照る 島の御門に おほほしく 人音もせねば まうら悲しもあさひてる しまのみかどに おほほしく ひとおとせねば まうらかなしも<私が考えた歌の意味
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