万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。 私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

はたらけど
はたらけど猶(なほ)わが生活(くらし)楽にならざり
ぢつと手を見る

<私が考えた歌の意味>
はたらいたけれど。
はたらいたけれど前と変わらず、わたしの生活は楽にならない。
じっと自分の手を見る。

<私の想像を加えた歌の意味>
働いた。
金を得るために、我慢して働いた。
だが、前より多く働いても、家計が楽になるほど金を稼げない。
私の手は、文章をつくる。
私の手は、短歌をつくる。
だが、文学では、貧乏から抜け出せない。
文学以外のことをやっても、家族の生活が楽になるほどは稼げない。
自分の手を、じっと見る。
この手は、金を稼ぐための手ではない。

<歌の感想>
 作品が有名過ぎて、自分の感想がまだ湧いてこない。
 いくら働いても収入が少ないことに愚痴を言っているのとは違う。また、いくら働いても家計費や物価が高いことを嘆いているのでもない。愚痴や嘆きから一歩踏み込んだ何かを感じる。
 読者がこの短歌に共感するのは、働いた対価が金銭でしかないことと、その金銭のほとんどが生活費として消えていくことに、矛盾ややりきれなさを感じているからではあるまいか。
 「ぢつと手を見る」ことが、その矛盾ややりきれなさと共鳴すると感じる。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

誰が(たれ)見てもとりどころなき男来て
威張りて帰りぬ
かなしくもあるか

<私の想像を加えた歌の意味>
誰が見ても、あの男に良いところを見つけるのは難しい。
その男が親し気に、私の所へやって来た。
そして、聞きたくもないことを喋り散らしていった。
結局は、自分のしていることを威張っているだけの話だった。
あの空威張りを前にすると、あの男が憐れになり、悲しい気分にさえなってしまう。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

人並(ひとなみ)の才に過ぎざる
わが友の
深き不平もあはれなるかな

<私の想像を加えた歌の意味>
才能がないわけでもないが、人並みの才能をもつ友人がいる。
その友人だが、自分の才能を世間が認めないことへの不平は人並み以上なのだ。
才能に勝る不平を聞かされると、その友人に憐れに感じてしまう。

<歌の感想>
 友人を題材にすると、その人を非難する作が多い。そして、表現は平凡になると感じる。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

どんよりと
くもれる空を見てゐしに
人を殺したくなりにけるかな

<私が考えた歌の意味>
どんよりと曇った空を見ていた。
そのときにわきあがってきた。
人を殺したいという思いが。

<私の想像を加えた歌の意味>
昼なのに暗い空だった。
どんよりと曇っていた。
その空をただ見ていた。
ただ見続けていた。
人を殺したくなった。
どんよりと曇った空を見ていたら、そんなことを思ったのだ。
人を殺したい、と。

<歌の感想>
 「人を殺したく」は激しいが、他の表現は平凡である。陰鬱な感情を詠んでいるには違いないが、それほど強いものを感じさせない作だと思う。

万葉集 巻二 
93 内大臣藤原卿(鎌足)が鏡王女に求婚した時、鏡王女が内大臣に贈った歌一首

玉くしげ 覆ふをやすみ 明けていなば 君が名はあれど わが名し惜しも
たまくしげ おおうをやすみ あけていなば きみがなはあれど わがなしおしも

94 内大臣藤原卿が鏡王女に返した歌一首
玉くしげ みもろの山の さな葛 さ寝ずは遂に ありかつましじ
たまくしげ みもろのやまの さなかづら さねずはついに ありかつましじ

<私が考えた歌の意味>
93
あなたは、お泊りになったことを隠すのはたやすいと、夜が明けてから帰ろうとなさっています。
あなたの名がそれで傷つくことはないでしょうが、私は自分の名が惜しいのです。

94
あなたのところに来ているのに、寝ずに帰ってしまうことなどありえません。
このまま、結ばれないのなら、生きていることもできないでしょう。

<私の想像を加えた歌の意味>
93
あなたは、二人の関係を隠しておくのはたやすいと、夜が明けるまで帰らないおつもりですね。
あなたは、それでもよいかもしれませんが、私にとってはそうはいきません。
私の立場も考えて、いらしてもよいのですから、もっと慎重に振舞ってください。

94
あなたと一緒の夜を過ごすことができないなど思いもよりません。
周りの人々の評判など、気にしてはいられません。
あなたは、自分の立場を気にかけていますが、私は、あなたなしでは生きていることさえできないほどです。

<歌の感想>
 鏡王女の歌93には、自分の立場を気にかけてほしい、と相手をたしなめる気持ちを感じる。藤原卿の歌94からは、強い求婚の思いと同時に、この求婚が周囲に知れてもそんなことは心配しなくともよい、という自信が感じられる。

万葉集 巻二 
91 天皇が鏡王女(かがみおおきみ)に与えられた御歌一首

妹が家も 継ぎて見ましを 大和なる 大島の嶺に 家もあらましを
いもがいえも つぎてみましを やまとなる おおしまのねに いえもあらましを

92 鏡王女(かがみおおきみ)がそれに答えた御歌一首

秋山の 木の下隠り 行く水の 我こそ益さめ 思ほすよりは
あきやまの このしたがくり ゆくみずの われこそまさめ おもおすよりは

<私が考えた歌の意味>
91
あなたの家をいつも見ていたい。
大和の大島の嶺にあなたの家があったなら、いつでも見ることができるのに。

92
秋の山の木の下を隠れるように水が流れます。
私の思いは、その水のように、あなたが思ってくださるよりも強いのです。

<私の想像を加えた歌の意味>
91
あなたの家がいつでも見えているとよいのに。
大和の大島の嶺にあなたの家があればよいのに。
私が見ようとすれば、いつでも見ることができるのに。
たとえ、すぐに行くことはできなくても、家を見ることができるのに。

92
秋の山の木の下を流れる水は、木の葉に覆われています。
表には見えませんが、隠れるように流れる水の勢いはとても強いのです。
あなたは、私の家をいつも見ていたい、とおっしゃるけれど。
私の思いは、それに勝っています。
表に見えずに流れる水のように、目立つことはありませんが、いつも思い続けています。

西行 山家集 上巻 春 44 7025

なにとなく のきなつかしき 梅ゆゑに 住みけん人の 心をぞ知る
なにとなく のきなつかしき むめゆえに すみけんひとの こころをぞしる

<私が考えた歌の意味>
軒の梅の香りがしてきた。
香りとともに、なんとなく昔のことが思い出される。
昔、ここに住んでいた人の心が伝わってくる。

<私の想像を加えた歌の意味>
この家の軒の梅の香りは、なんということもないが、昔のことを思い出させる。
昔、ここに住んでいた方も、梅の香りで春を感じていたのだろう。
住む人が変わっても、この家に住む人の心は変わらず、梅の香りを味わっている。

<歌の感想>
 「なにとなくのきなつかしき」は、とらえどころのない感覚だ。梅の花を見ているのではないし、梅の香を嗅いでいるだけでもない。家の中にいて、微かな香りになにかを思っている。この家の風情が西行にはしっくりとくるのだろう。
 とらえどころのないこの微妙な感じが、現代の読者に伝わってくる。

西行 山家集 上巻 春 43 7024

ひとり寝る 草の枕の 移り香は 垣根の梅の 匂いなりけり
ひとりぬる くさのまくらの うつりがは かきねのむめの においなりけり

<私が考えた歌の意味>
床を共にした人の残した香りが移り香です。
旅の独り寝の移り香は、垣根の梅の香りです。

<私の想像を加えた歌の意味>
独り寝なので、彼女の匂いが残るはずはない。
それなのに、布団の中で移り香を感じる。
旅の宿で感じるのは、宿の垣根の梅の香りだ。
梅の移り香もよいものだ。
旅の独り寝はさびしくはあるが。

<歌の感想>
 旅の宿で梅の香りを楽しんでいるというよりは、本物の移り香を求めている気持ちも感じる。感じ方が俗過ぎるであろうか。

万葉集 巻二 90

君が行き 日長くなりぬ やまたづの 迎へを行かむ 待つには待たじ
きみがゆき けながくなりぬ やまたずの むかえをゆかん まつにはまたじ

<私が考えた歌の意味>
あなたが行ってしまってから長い日にちが経ちました。
迎えに行こうと思います。
このままただ待つだけには耐えられません。

<私の想像を加えた歌の意味>
あなたが旅立たれてから、長い日にちが過ぎました。
お待ちしておれば、お戻りになると思っておりました。
でも、待つだけでなく、こちらからお会いするために出かけましょう。
このままでは、いつまでも一緒になることはかなわないでしょうから。

<歌の感想>
 詞書と左注から様々な場合が考えられる。どの場合を考えればよいか、判断がつかない。
 この短歌が題材としていることは、一人の女性の思いである。しかし、似た短歌86もあり、必ずしも詞書にある衣通王(軽太郎女)個人の作と考えなくともよいと思う。
 詞書や左注については、詮索せずに短歌の表現のみに注目した。

万葉集 巻二 89

居り明かして 君をば待たむ ぬばたまの わが黒髪に 霜は降るとも
おりあかして きみをばまたん ぬばたまの わがくろかみに しもはふるとも

<私が考えた歌の意味>
寝ないで、あなたを待っていましょう。
この黒髪に霜が降りようとも。

<私の想像を加えた歌の意味>
夜も更けましたが、このまま起きています。
たとえ、夜が明けようとも、あなたを待っています。
私のこの艶やかな黒髪が、霜に濡れたとしても。
あきらめずに待ち続けます。

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