万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

しのび足に君を追ひゆく薄月夜(うすづきよ)右のたもとの文がらおもき

<私が考えた歌の意味>
薄雲の夜空、月がほのかに照らしている。
君のあとをそっと追って行く私。
右のたもとに入れたもう用のなくなった手紙が重い。

<私の想像を加えた歌の意味>
あなたからずっしりと重いほどの恋文をもらっていた。
そのあなたが、他の女を好きになったようだ。
私というものがありながら、あなたは他の女のところへ行く。
尾行して、あなたの行く先を確かめてやる。
薄雲に月の照る夜、あなたからのもう用済みの恋文を右のたもとに入れて、しのび足で尾行する。

<歌の感想>
 「文がら」を「君」からの恋文ととらえた私の想像が成立するなら、怨念の歌だ。だが、その怨念も幻想的な夜の景色と、繊細な感覚としての手紙の重さとに彩られている。

与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

みだれ髪を京の島田にかへし朝ふしてゐませの君ゆりおこす

<私が考えた歌の意味>
乱れた髪を、京風の島田髷に結い直します。
まだ眠そうな君を揺り起こします。
今朝の新しい髪型を、君に見せたくて。

<歌の感想>
 この一首だけで、二人の関係と、昨夜の間柄のことが思い浮かぶ。そして、何よりも、自分の変化を、「君」に見せたい、「君」にきれいだと言ってもらいたいという作者の気持ちが伝わってくる。

与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

ふしませとその間さがりし春の宵衣桁にかけし御袖かつぎぬ

<私が考えた歌の意味>
おやすみなさいませ、とそのお部屋を出て来ました。
私の部屋の衣桁には、あなたのお着物が残されています。
あなたのお着物の袖に顔をうずめます。
あなたと別々の部屋に春の宵を過ごします。

<歌の感想>
 「その間」を「その部屋」と解してみた。そうすると、旅の宿で、二つの部屋をとり、その二部屋を行き来する、という様子が浮かんで来る。なんとも「春の宵」にふさわしい。

与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

ゆるされし朝よそほひのしばらくを君に歌へな山の鶯

<私が考えた歌の意味>
君との朝を許された今朝、私は化粧をしています。
もうしばらくの間、山の鶯よ、歌いなさい。
私の化粧が終わるのを待っている君のために。

与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

わかき小指胡粉(をゆびごふん)をとくにまどひあり夕ぐれ寒き木蓮の花

<私が考えた歌の意味>
小指で白の顔料をといている。
さまざまにまどう心がわきあがる。
目をあげれば、夕ぐれのなか木蓮の花が咲いている。
白色をとく小指が若々しい。

<私の想像を加えた歌の意味>
純白を塗りたくて、白の顔料をとく。
顔料をとくが、描くことに集中できない。
想いは乱れ、まどう心が押し寄せる。
庭に目をやると、夕ぐれのなか木蓮が咲いている。
白の顔料の残像が木蓮の花の色に重なる。
我に返ると、白をとく小指が若い。
白の顔料も、木蓮の花も、私のまどう心と若い小指も夕闇に浮かぶ。

<歌の感想>
 「わかき小指」の表現が不思議だ。若い人とも、きれいな小指ともとれる。けれど、若さや指の美しさが、歌の焦点ではないと思う。
 年齢や身体の一部分のことではなく、晶子に見えているままという感じがする。そして、この表現は不思議ではあるが、短歌の中ではその場の様子にぴったりとそっていると感じる。

以前の記事を改めた。

なほ許すせ御国(みくに)遠くば夜(よ)の御神(みかみ)紅皿船(べにざらふね)に送りまゐらせむ

<私の想像を加えた歌の意味>
お許しください、夜の神様。
この甘美な夜が長く続きますように。
夜の神様が、お国に戻られると、夜明けが来てしまいます。
お帰りに困らぬように、私の紅を入れる皿のお船でお送りいたしますから。
どうぞ、もう少し、夜のままにいさせてください。

<歌の感想>
 恋の相手を、「夜の神」と表現したととらえたが、「恋人」の存在も含めて、もっと多様に「恋人と過ごす夜」全体ととらえた方が「紅皿船」の表現に似つかわしいと思う。

与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

美しき命を惜しと神のいひぬ願ひのそれは果たしてし今

<私が考えた歌の意味>
美しい命が惜しいと神がいった。
願いが叶った今。
命と引きかえにかなえてほしいと頼んだ願いが叶った今なのに。

<私の想像を加えた歌の意味>
命はいらない、命のかわりに願いを叶えて、と祈りました。
その願いが叶いました。
その願いが叶ったのに、生きています。
神は、私の命を奪うには惜しいといいました。
神は、私の命よりも大切な願いを叶え、その上、私の命を奪わずに美しいといいました。

<歌の感想>与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

今ここにかへりみすればわがなさけ闇(やみ)をおそれぬめしひに似たり

<私の想像を加えた歌の意味>
われに返ってみると、私はまるで盲目の人でした。
あの人に恋い焦がれて、なにもみえなくなっていました。
私の気持ちは、恋に焦がれて、他のことはすべて闇の中でした。

<歌の感想>
 「今ここにかへりみすれば」は、晶子にしては珍しい。激しい恋の表現の裏には、自分の行為と想いを冷静に見返す晶子がいるのかもしれない。

与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

狂ひの子われに焔(ほのほ)の翅(はね)かろき百三十里あわただしの旅

<私が考えた歌の意味>
恋に夢中の私には、炎の羽があるのです。
恋のために百三十里を軽い軽い羽で飛び越えます。
一瞬にして、貴方のもとへ参ります。

<私の想像を加えた歌の意味>
貴方が遠くにいようとも、恋する私にはなんの妨げにもなりません。
貴方との距離など、私の恋の羽で軽々と飛び越えてしまいます。
私の炎の想いは、貴方の元への旅を一瞬にしてしまいます。
たとえ、それが百三十里あろうとも。

与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

なほ許すせ御国(みくに)遠くば夜(よ)の御神(みかみ)紅皿船(べにざらふね)に送りまゐらせむ

<私が考えた歌の意味>
お国から遠く離れていることを、なお許してください。
私の夜の神様、まだお国に戻らないでください。
お戻りのときは、私の紅の皿のお船でお送りしましょう。

<私の想像を加えた歌の意味>
まだ帰らないでください。
一緒の夜を過ごした貴方。
いつかは、帰っていかれます。
でも、私の恋心がそれを許しません。
もっと私と一緒にいましょう。
ときが来れば、この紅の皿がお船となって貴方をお家までお送りしますから。

万葉集 巻三 241 或る本の反歌一首

大君は 神にしいませば 真木の立つ 荒山中に 海をなすかも
おおきみは かみにしいませば まきのたつ あらやまなかに うみをなすかも

<私の想像を加えた歌の意味>
皇子様が、大木の生い茂っている山の中に、海のように大きな池を作られた。
我が皇子様は、山の中に海を作ることさえできる。
我が皇子様は、神と同じ力をもっておられるから、こんなことができるのだ。

万葉集 巻三 240 反歌一首  長皇子(ながのみこ)が猟路の池に狩猟に行かれた時、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌(239 240)

ひさかたの 天行く月を 網に刺し 我が大君は 蓋にせり
ひさかたの あまゆくつきを あみにさし わがおおきみは きぬがさにせり

<私の想像を加えた歌の意味>
皇子の背後に月が見えている。
皇子様は、なんともえらいものだ。
夜空の月を、鳥を捕る網でとらえたように、ご自分の背後の装飾にされている。

<歌の感想>
 この歌(長歌と反歌)を聞いた皇子は、満足の笑みを浮かべ、その場の臣下の者たちは、なるほどその通りだ、とおおいに納得している様子が感じられる。

万葉集 巻三 239 長皇子(ながのみこ)が猟路の池に狩猟に行かれた時、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌

やすみしし わが大君 高光る わが日の皇子の 
やすみしし わがおおきみ たかひかる わがひのみこの

馬並めて み狩立たせる 若薦を 猟路の小野に
うまなめて みかりたたせる わかこもを かりじのおのに

鹿こそば い這ひ拝め 鶉こそ い這ひもとほれ
ししこそば いはいおろがめ うずらこそ いはいもとおれ

鹿じもの い這ひ拝み 鶉なす い這ひもとほり
ししじもの いはいおろがみ うずらなす いはいもとおり

恐みと 仕へまつりて ひさかたの 天見るごとく
かしこみと つかえまつりて ひさかたの あめみるごとく

まそ鏡 仰ぎて見れど 春草の いやめづらしき
まそかがみ あおぎみれど はるくさの いやめずらしき

わが大君かも
わがおおきみかも 

<私の想像を加えた歌の意味>
長皇子が、馬を並べて、狩猟にお出になられる。
獲物の鹿、猪、鶉は、長皇子の前にひれ伏してしまうだろう。
獲物だけでなく、我ら家臣も、皇子のお姿の前にひれ伏してしまう。
若々しく慕わしい皇子様だ。

巻三 238 長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)が天皇の仰せに答え奉った歌一首

大宮の 内まで聞こゆ 網引すと 網子ととのふる 海人の呼び声
おおみやの うちまできこゆ あびきすと あごととのうる あまのよびごえ

<私の想像を加えた歌の意味>
宮殿の奥まった部屋は、天皇陛下が穏やかにお過ごしになり、いつも静かです。
いつもは静かな宮殿の奥まで聞こえてきます。
網を引く人々を指揮する漁夫の声が。
海の豊かな幸にも恵まれ、陛下の治めるこの国はますます栄えます。

巻三 237 志斐の嫗が答え奉った歌

否と言へど 語れ語れと 詔らせこそ 志斐いは奏せ 強ひ語りと言ふ
いなといえど かたれかたれと のらせこそ しいいはまおせ しいかたりという

<私が考えた歌の意味>
私は、いやですと言うのに、語ってと何度も仰せになるので、志甲のおばばはお話してあげたのですよ。
それを、いまさら、無理に話して聞かせたなんて、おっしゃるのですね。

<私の想像を加えた歌の意味>
陛下もずいぶんとおとなになられたことですね。
話して、話して、このおばばにねだっていたのに、それを、おばばが無理に語ったと言うようになったのですね。
しかも、それを上手に、歌に詠み込むなんて。

巻三 236 天皇が志斐の嫗に遣わされた御歌一首

否と言へど 強ふる志斐のが 強ひ語り このころ聞かずて 朕恋ひにけり
いなといえど しうるしいのが しいかたり このころきかずて あれこいにけり

<私の想像を加えた歌の意味>
何回も聞かされて、もう聞くのも飽きてしまった志斐の婆さんの話をこの頃は聞くことがなくなってしまった。
私は政務に忙しく、また、婆さんは老いてしまったのだろう。
何度も聞いた話だが、久しぶりに婆さんのあの話を聞いてみたくなった。

<歌の感想>
 次の237との掛け合いのおもしろみが主眼なのだろう。
 どのような「語り」で、天皇と「志斐の嫗」がどのような関係なのかは、想像するしかないが、なんとなくその場の様子が伝わって来るような短歌だ。

白内障治療の手術を受けました。
経過はよく、遠くは治療の前よりは見えるようになりました。
近くは、無理をしないと見えません。
近くを見るための眼鏡は、視力が安定するまで作らないようにという医師の指示がありました。
小さい文字の読み書き以外は、見え方の改善は明らかです。
ブログの更新を、視力が安定し、新しい眼鏡を作るまでは、休みます。

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