万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

美しき命を惜しと神のいひぬ願ひのそれは果たしてし今

<私が考えた歌の意味>
美しい命が惜しいと神がいった。
願いが叶った今。
命と引きかえにかなえてほしいと頼んだ願いが叶った今なのに。

<私の想像を加えた歌の意味>
命はいらない、命のかわりに願いを叶えて、と祈りました。
その願いが叶いました。
その願いが叶ったのに、生きています。
神は、私の命を奪うには惜しいといいました。
神は、私の命よりも大切な願いを叶え、その上、私の命を奪わずに美しいといいました。

<歌の感想>与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

今ここにかへりみすればわがなさけ闇(やみ)をおそれぬめしひに似たり

<私の想像を加えた歌の意味>
われに返ってみると、私はまるで盲目の人でした。
あの人に恋い焦がれて、なにもみえなくなっていました。
私の気持ちは、恋に焦がれて、他のことはすべて闇の中でした。

<歌の感想>
 「今ここにかへりみすれば」は、晶子にしては珍しい。激しい恋の表現の裏には、自分の行為と想いを冷静に見返す晶子がいるのかもしれない。

与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

狂ひの子われに焔(ほのほ)の翅(はね)かろき百三十里あわただしの旅

<私が考えた歌の意味>
恋に夢中の私には、炎の羽があるのです。
恋のために百三十里を軽い軽い羽で飛び越えます。
一瞬にして、貴方のもとへ参ります。

<私の想像を加えた歌の意味>
貴方が遠くにいようとも、恋する私にはなんの妨げにもなりません。
貴方との距離など、私の恋の羽で軽々と飛び越えてしまいます。
私の炎の想いは、貴方の元への旅を一瞬にしてしまいます。
たとえ、それが百三十里あろうとも。

与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

なほ許すせ御国(みくに)遠くば夜(よ)の御神(みかみ)紅皿船(べにざらふね)に送りまゐらせむ

<私が考えた歌の意味>
お国から遠く離れていることを、なお許してください。
私の夜の神様、まだお国に戻らないでください。
お戻りのときは、私の紅の皿のお船でお送りしましょう。

<私の想像を加えた歌の意味>
まだ帰らないでください。
一緒の夜を過ごした貴方。
いつかは、帰っていかれます。
でも、私の恋心がそれを許しません。
もっと私と一緒にいましょう。
ときが来れば、この紅の皿がお船となって貴方をお家までお送りしますから。

万葉集 巻三 241 或る本の反歌一首

大君は 神にしいませば 真木の立つ 荒山中に 海をなすかも
おおきみは かみにしいませば まきのたつ あらやまなかに うみをなすかも

<私の想像を加えた歌の意味>
皇子様が、大木の生い茂っている山の中に、海のように大きな池を作られた。
我が皇子様は、山の中に海を作ることさえできる。
我が皇子様は、神と同じ力をもっておられるから、こんなことができるのだ。

万葉集 巻三 240 反歌一首  長皇子(ながのみこ)が猟路の池に狩猟に行かれた時、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌(239 240)

ひさかたの 天行く月を 網に刺し 我が大君は 蓋にせり
ひさかたの あまゆくつきを あみにさし わがおおきみは きぬがさにせり

<私の想像を加えた歌の意味>
皇子の背後に月が見えている。
皇子様は、なんともえらいものだ。
夜空の月を、鳥を捕る網でとらえたように、ご自分の背後の装飾にされている。

<歌の感想>
 この歌(長歌と反歌)を聞いた皇子は、満足の笑みを浮かべ、その場の臣下の者たちは、なるほどその通りだ、とおおいに納得している様子が感じられる。

万葉集 巻三 239 長皇子(ながのみこ)が猟路の池に狩猟に行かれた時、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌

やすみしし わが大君 高光る わが日の皇子の 
やすみしし わがおおきみ たかひかる わがひのみこの

馬並めて み狩立たせる 若薦を 猟路の小野に
うまなめて みかりたたせる わかこもを かりじのおのに

鹿こそば い這ひ拝め 鶉こそ い這ひもとほれ
ししこそば いはいおろがめ うずらこそ いはいもとおれ

鹿じもの い這ひ拝み 鶉なす い這ひもとほり
ししじもの いはいおろがみ うずらなす いはいもとおり

恐みと 仕へまつりて ひさかたの 天見るごとく
かしこみと つかえまつりて ひさかたの あめみるごとく

まそ鏡 仰ぎて見れど 春草の いやめづらしき
まそかがみ あおぎみれど はるくさの いやめずらしき

わが大君かも
わがおおきみかも 

<私の想像を加えた歌の意味>
長皇子が、馬を並べて、狩猟にお出になられる。
獲物の鹿、猪、鶉は、長皇子の前にひれ伏してしまうだろう。
獲物だけでなく、我ら家臣も、皇子のお姿の前にひれ伏してしまう。
若々しく慕わしい皇子様だ。

巻三 238 長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)が天皇の仰せに答え奉った歌一首

大宮の 内まで聞こゆ 網引すと 網子ととのふる 海人の呼び声
おおみやの うちまできこゆ あびきすと あごととのうる あまのよびごえ

<私の想像を加えた歌の意味>
宮殿の奥まった部屋は、天皇陛下が穏やかにお過ごしになり、いつも静かです。
いつもは静かな宮殿の奥まで聞こえてきます。
網を引く人々を指揮する漁夫の声が。
海の豊かな幸にも恵まれ、陛下の治めるこの国はますます栄えます。

巻三 237 志斐の嫗が答え奉った歌

否と言へど 語れ語れと 詔らせこそ 志斐いは奏せ 強ひ語りと言ふ
いなといえど かたれかたれと のらせこそ しいいはまおせ しいかたりという

<私が考えた歌の意味>
私は、いやですと言うのに、語ってと何度も仰せになるので、志甲のおばばはお話してあげたのですよ。
それを、いまさら、無理に話して聞かせたなんて、おっしゃるのですね。

<私の想像を加えた歌の意味>
陛下もずいぶんとおとなになられたことですね。
話して、話して、このおばばにねだっていたのに、それを、おばばが無理に語ったと言うようになったのですね。
しかも、それを上手に、歌に詠み込むなんて。

巻三 236 天皇が志斐の嫗に遣わされた御歌一首

否と言へど 強ふる志斐のが 強ひ語り このころ聞かずて 朕恋ひにけり
いなといえど しうるしいのが しいかたり このころきかずて あれこいにけり

<私の想像を加えた歌の意味>
何回も聞かされて、もう聞くのも飽きてしまった志斐の婆さんの話をこの頃は聞くことがなくなってしまった。
私は政務に忙しく、また、婆さんは老いてしまったのだろう。
何度も聞いた話だが、久しぶりに婆さんのあの話を聞いてみたくなった。

<歌の感想>
 次の237との掛け合いのおもしろみが主眼なのだろう。
 どのような「語り」で、天皇と「志斐の嫗」がどのような関係なのかは、想像するしかないが、なんとなくその場の様子が伝わって来るような短歌だ。

白内障治療の手術を受けました。
経過はよく、遠くは治療の前よりは見えるようになりました。
近くは、無理をしないと見えません。
近くを見るための眼鏡は、視力が安定するまで作らないようにという医師の指示がありました。
小さい文字の読み書き以外は、見え方の改善は明らかです。
ブログの更新を、視力が安定し、新しい眼鏡を作るまでは、休みます。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

見よげなる年賀の文(ふみ)を書く人と
おもひ過ぎにき
三年(みとせ)ばかりは

<私の想像を加えた歌の意味>
在学中はそれほど親しい友人ではなかった。
卒業してから、その友人から年賀状をもらった。
その年賀状は工夫されていて、見て楽しかった。
私の方からは、ついつい年賀状も出さずにいたが、その友人からは毎年届いていた。
でも、三年も経つと、その友人からの美しい年賀状も来なくなったしまった。

万葉集 巻三 235 天皇が雷岳にお出ましの時、柿本朝臣麻呂が作った歌

大君は 神にしいませば 天雲の 雷の上に 庵りせるかも
おおきみは かみしいませば あまくもの いかずちのうえに いおりせるかも

<私が考えた歌の意味>
天皇様は、雷岳でお泊りになられる。
天皇様は神でいらっしゃるので、天空の雷のさらにその上に庵を作られ、お泊りになることだ。

<私の想像を加えた歌の意味>
雷岳まで、お出ましになられた天皇陛下は、今宵は、ここでお泊りになる。
雷岳と聞けば、天を切り裂く雷を思い浮かべる。
その天の雷の上に、旅の仮寝をなさる庵をお作りになる。
天皇陛下は、神であられるので、雷岳、すなわち雷の上の庵でお休みになられるのだ。

<歌の感想>
 人麻呂の時代であっても、実際にこのように感じているのではないと思う。だが、単に儀礼的に褒めたたえている感じもしなければ、地名からの言葉遊びだけという感じもしない。それよりは、天皇の行為をいかに権威づけるかに工夫を凝らしている作者を感じる。

万葉集 巻二 234 或る本の歌に言う(233~234)

三笠山 野辺行く道 こきだくも 荒れにけるかも 久にあらなくに
みかさやま のべゆくみち こきだくも あれにけるかも ひさにあらなくに

<私の想像を加えた歌の意味>
亡き親王様の御所へと通じていた三笠山の野原の道を歩いています。
その道は、今は草が生い茂り荒れてしまっています。
親王様のいらっしゃった頃は、手入れもされ、人も多く通るきれいな道でした。
親王様が亡くなられて、まだそれほどの時も経ていないのに。
親王様ゆかりの人々も景色もすっかり寂しくなってしまいました。

<歌の感想>
 231と233、232と234をそれぞれ比較すると、私は、「或る本の歌」233、234の方をよいと感じる。これは、今までの諸家の評釈では意見の分かれるところのようだ。
 もしも、万葉集編纂の際に、一部が異なる歌が伝わっていて、そのどちらも甲乙つけがたく、両者を残したとしたらおもしろいことだと想像した。いずれにしても、ほんの一語変わっただけで、作全体の味わいが変わるのがよく分かる。その意味で、「或る本の歌」を万葉集に載せたことは、編者の卓見だと思う。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

人ごみの中をわけ来(く)る
我が友の
昔ながらの太き杖かな

<私の想像を加えた歌の意味>
駅前の雑踏をかき分けるようにしてやって来た。
私の姿を見つけると、友はうれしそうな顔をして、周りの人々の視線など気にしていない。
友は、人ごみの中で、一段と目立っているのに。
故郷で、学生時代の友はいつも太い杖を自慢げについて歩いていた。
その太い杖を、友は、そのまま都会に持ち込んできた。

<歌の感想>
 外見を気にしない田舎者然としたこの友を、作者は恥ずかしく思ってはいる。だが、都会風を装うような人よりは、素朴さを失わない友の心情を歓迎しているように感じる。

万葉集 巻二 233 或る本の歌に言う(233~234)

高円の 野辺の秋萩 な散りそね 君が形見に みつつ偲はむ
たかまとの のべのあきはぎ なちりそね きみがかたみに みつつしぬわん

<私の想像を加えた歌の意味>
高円の野辺に萩が咲く頃となった。
亡くなった親王は、この萩の花を好まれ、秋になるのを楽しみにされていた。
ちょうど今頃の時期、去年までは、親王とお仕えする者たちで、萩の花を見ながら宴会をしたものだ。
それももう叶わない。
せめて、もう少しの間、萩よ、散らないでくれ。
萩の花を見ながら、親王の思い出に浸っていたいから。

万葉集 巻二 232 霊亀元年(715)秋九月に、志貴親王が亡くなった時に作った歌一首と短歌(230~232)

三笠山 野辺行く道は こきだくも しげく荒れたるか 久にあらなくに
みかさやま のべいくみちは こきだくも しげくあれたるか ひさにあらなくに

<私が考えた歌の意味>
三笠の山に行く道は、こんなにも草が茂り、荒れてしまったのか。
亡くなった方の御所へと続く道だったのに、もう荒れてしまった。
親王が亡くなられて、まだそれほど時が経っていないのに。

<歌の感想>
 231、232共に、挽歌としての発想は、類型的と感じる。短歌として整っているが、亡き親王を思い起こす景色に特徴が感じられない。

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