万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

病(やまひ)のごと
思郷(しきやう)のこころ湧く日なり
目にあをぞらの煙かなしも


<私の想像を加えた歌の意味>
故郷を懐かしく思う気持ちが、まるで病気に罹ったように湧いてくる。
そういう日、見上げた青空に煙がたなびいていた。
普段は思い出すこともない故郷が無性に恋しくなる日は、青空の煙さえ悲しく見える。

<歌の感想>
 思郷、望郷の心が、「あをぞらの煙」を悲しいものにするというところが、いかにも啄木の個性だ。望郷の心を、懐かしさに結びつけない感覚が好きだ。

与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

人かへさず暮れむの春の宵ごこち小琴にもたす乱れ乱れ髪

<私の想像を加えた歌の意味>
あなたは、もう帰りたいような素振りです。
でも、私は帰したくないのです。
春の宵が暮れようとしています。
私の髪は、乱れ乱れて琴にもたれています。

<歌の感想>
 春の宵へと移ろう時。つま弾く琴の音。整えていた髪が乱れてくる。帰っていかなければならない人。作者の心も乱れていく春の宵。

万葉集 巻二 181 日並皇子尊(草壁皇子)の宮の舎人たちが泣き悲しんで作った歌二十三首(171~193の内から)

み立たしの 島の荒磯を 今見れば 生ひざりし草 生ひにけるかも
みたたしの しまのありそを いまみれば おいざりしくさ おいにけるかも

<私の想像を加えた歌の意味>
皇子が亡くなられ、時が過ぎた。
皇子がよくお立ちになっていた庭園の池の荒磯を、今眺めている。
皇子がお元気な頃はあれほど美しく手入れされていた池の荒磯に草が生えている。
皇子が亡くなると、庭の池の周りにも草が生え、荒れていくのだ。

<歌の感想>
 題材は類型があるが、作者の実際の感覚が感じられる。草など生えていなかった所なのに、たちまち草が蔓延るのは、今も昔も人の手が入らなくなった証である。


東海の小島の磯の白砂に
われ泣きぬれて
蟹とたはむる


いたく錆びしピストル出でぬ
砂山の
砂を指もて掘りてありしに

 この二首は、同じ場所同じ時期の作だと思う。
 ①は、推敲を加え工夫もされていると感じるし、歌の調子が際立って美しい。②は、作者の行為がそのまま短歌になっている。
 私は、②の方が好きだ。世間の煩わしさから離れ、悲しみに耐え、孤独に浸る作者の心情は②の方が直接に伝わってくる。

万葉集 巻二 180 日並皇子尊(草壁皇子)の宮の舎人たちが泣き悲しんで作った歌二十三首(171~193の内から)
み立しの 島をも家と 住む鳥も 荒びな行きそ 年かはるまで
みたたしの しまをもいえと すむとりも あらびなゆきそ としかわるまで

<私の想像を加えた歌の意味>
皇子がよく眺められていた庭園を棲み処とする鳥がいます。
庭園の鳥よ、皇子が亡くなられたからと気持ちを変えないでください。
せめて、年が改まるまでは。

<歌の感想>
 170、172、178と同じ題材の作で、工夫も新鮮味も乏しい気がする。この四首の中では、170がすっきりしている。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より ※以前の記事を改めた。  

東海の小島の磯の白砂に
われ泣きぬれて
蟹とたはむる

<私が考えた歌の意味>
東方の小島に来た。
磯の砂浜の砂は白い。
私の涙はとどまることがない。
涙にくれながら磯の蟹とたわむれる。

<私の想像を加えた歌の意味>
ここは人もほとんど来ない東海の小島。
磯があり、浜があり、砂浜が白い。
ここにいるのは、私だけ。
磯の蟹と私は遊ぶ。
心は、泣き、涙に濡れそぼっている。
泣きぬれて私は、磯の蟹と遊んでいる。

<歌の感想>
 文字も音調も美しい。情景も心情も伝わって来る。
 啄木は、短歌の中の「われ」を見つめ、描いているようだ。そういう意味で、「我を愛する歌」は、この作品にぴったりだと思う。
 私は、この有名な一首を好きになれない。美しく、情感の表現も見事だと思うのだが、短歌の世界として完結してしまっているような気がする。

万葉集 巻二 177 178 179 日並皇子尊(草壁皇子)の宮の舎人たちが泣き悲しんで作った歌二十三首(171~193の内から)

177
朝日照る 佐田の岡辺に 群れ居つつ 我が泣く涙 やむ時もなし
あさひてる さだのおかへに むれいつつ わがなくなみだ やむときもなし

178
み立たしの 島を見る時 にはたづみ 流るる涙 止めそかねつる
みたたしの しまをみるとき にわたずみ ながるるなみだ とめそかねつる

179
橘の 島の宮には 飽かねかも 佐田の岡辺に 侍宿しに行く
たちばのの しまのみやには あかねかも さだのおかへに とのいしにいく

<私の想像を加えた歌の意味>
177
朝日が差す佐田の岡の周囲に、皇子様にお仕えした者たちが集まっています。
集まって来た者たちは、一様に泣き悲しんでいます。
集まっている私たちの心が慰められることはありません。

178
皇子様がお立ちになった庭園を見ています。
庭園は、皇子様がおいでなった頃と変わりがありません。
変わらぬ庭園を見ているだけで、私の涙は雨のように止まることなく流れます。

179
皇子様のいらっしゃらない島の宮に行くだけでは飽き足りないのでしょう。
皇子様に仕えていた者たちは、佐田の岡へと向かいます。
佐田の岡へ、今夜も宿直をしに行きます。

万葉集 巻二 174 175 176 日並皇子尊(草壁皇子)の宮の舎人たちが泣き悲しんで作った歌二十三首(171~193の内から)

174
外に見し 真弓の岡も 君ませば 常つ御門と 侍宿するかも
よそにみし まゆみのおかも きみませば とこつみかどと とのいするかも

175
夢にだに 見ざりしものを おほほしく 宮出するかさ 檜隅廻を
ゆめにだに みざりしものを おほほしく みやでするかさ ひのくまみを

176
天地と 共に終へむと 思ひつつ 仕へまつりし 心違ひぬ
あめつちと ともにおえんと おもいつつ つかえまつりし こころたがいぬ

<私の想像を加えた歌の意味>
174
今まではなんということもなかった真弓の岡でした。
今は、私がお仕えしておりました日の皇子様が埋葬されている御所です。
これからは、いつまでも変わることなく、宿直しお守りしていく真弓の岡です。

175
日の皇子様が埋葬された宮へ出仕します。
こうなることは夢にも思いませんでした。
皇子様の埋葬されている宮への道を、鬱々として向かいます。

176
いつまでもいつまでもお仕えしていくつもりでした。
天皇となられるに違いない皇子様にお仕えしていくつもりでした。
そんな思いは、まったく違ってしまいました。

万葉集 巻二 171 172 173 日並皇子尊(草壁皇子)の宮の舎人たちが泣き悲しんで作った歌二十三首(171~193の内から)
171
高光る 我が日の皇子の 万代に 国知らさまし 島の宮かも
たかひかる わがひのみこの よろずよに くにしらさまし しまのみやかも

172
島の宮 上の池なる 放ち鳥 荒ひな行きそ 君いまさずとも
しまのみや かみのいけなる はなちどり あらびなゆきそ きみいまさずとも

173
高光る 我が日の皇子の いましせば 島の御門は 荒れざらましを
高光る わがひのみこの いましせば しまのみかどは あれざらましを

<私の想像を加えた歌の意味>
171 
お仕えしていた日の皇子様が、天皇としてこの国を治められるに違いないと思っていました。
この島の宮で、長く長くこの国を治めていてほしかった。
それなのに、その思いは打ち砕かれてしまいました。

172
島の宮の上の池の放し飼いの鳥よ、今まで通りのんびりと遊んでいてほしい。
皇子様が亡くなられた今、我々お仕えしていた者の気持ちは荒んでしまいます。
せめて、亡き皇子の宮殿の水鳥は、皇子様が生きておられた時の気持ちでいてください。

173
日の皇子様が、お亡くなりになられたとたんに島の宮の宮殿は荒れてきました。
私がお仕えしていました皇子様が生きておられたら、御殿が荒れるなどということはなかったでしょうに。

 『一握の砂』は、次の五章に分かれている。
「我を愛する歌」「煙」「秋風のこころよさに」「忘れがたき人々」「手套を脱ぐ時」

 この五章の内の「我を愛する歌」を読み終えた。今までは、『一握の砂』の有名な数首を知っているだけだった。一つ目の章だけでも、全部の短歌を読むと、この歌集について今まで持っていた印象が変わってくる。

 次の二首を比較してみた。

友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
花を買ひ来て
妻としたしむ
<私の想像を加えた歌の意味>
なぜだろうか。
友人が皆、私よりも優れていると思わされる日があった。
普段は、そういうことはしないのに、花を買って帰った。
妻と花を眺め、静かに過ごした。
私は、友達の誰よりも才能も能力ないと感じる日に。

ただひとり泣かまほしさに
来て寝たる
宿屋の夜具のこころよきかな
<私の想像を加えた歌の意味>
以前から一人になって泣きたかった。
思い切って、そのためにだけ旅に出た。
どうということもない安宿に泊まった。
夜具もごく普通のものだった。
布団に入ると、誰も部屋に来る気遣いもなく、独りになれた気がする。


 妻とのささやかな暮らしに幸福を感じている作者がいる。一方で、家族に縛られたくない作者がいる。よく知られた「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ花を買ひ来て妻としたしむ」を読むと、睦ましく妻と過ごすことによって、世間の競争から逃れることができた境地が伝わってくる。
 一方では、「ただひとり泣かまほしさに来て寝たる宿屋の夜具のこころよきかな」にあるように、妻と一緒にいる家庭も、安らげる場ではなかった境地も伝わってくる。
 一人の中に矛盾するものを持っているのが、人間だと思う。そして、その相容れない気持ちの双方が表現されていると感じる。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

やとばかり
桂首相に手をとられし夢みて覚めぬ
秋の夜の二時

<私の想像を加えた歌の意味>
ヤアヤアと桂首相が私の手を取って迎えてくれた。
そんな夢を見て、秋の夜の二時に目が覚めた。
夢でしかないのだが、政治の中枢で活躍してみたい気持ちを持つこともある。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

誰(た)そ我に
ピストルにても撃(う)てよかし
伊藤のごとく死にて見せなむ

<私が考えた歌の意味>
誰か、私をピストルで撃てばよい。
そうしたら、伊藤首相のように潔く死んでみせよう。

<歌の感想>
 潔く死んで見せよう、と作者が感じているかどうかはよく分からない。或いは、あっけなく死んでみせよう、という気持ちなのかもしれない。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

何事も金金とわらひ
すこし経(へ)て
またも俄(には)かに不平つのり来(く)

<私の想像を加えた歌の意味>
世の中は結局のところ、金が全てを回している。
企業も政府も金を求めて動いている。
そんなつまらない世の中や、社会を動かしている権力者に不平を言っても始まらないと、笑い飛ばす。
笑い飛ばしても、少し時が経つと、またも急に世の中を支配している権力者と仕組みに不平が募ってくる。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

何事も思ふことなく
いそがしく
暮せし一日(ひとひ)を忘れじと思ふ

<私の想像を加えた歌の意味>
過去を思い出したり、他人が自分を見る眼を気にしたりすることがない一日だった。
それほどすべきことを次々とやり、忙しかった。
思い悩むことのない一日が私にもあった。
そのような日は続きはしないが、私にもそういう日があったことを忘れないでいようと思う。

<歌の感想>
 似た境地を描いている作は他にもある。「思ふこと」のない日は、啄木にはほとんどないであろう。そして、「いそがしく」暮らすだけの生活をしたいとも思っていないであろう。
 「いそがしく」暮らすことが、健全で安定していることを、作者は知っている。しかし、自分はそのような暮らしを続けられないということも明白なのだと感じる。

※168・169・170については、以前の記事を改めた。

万葉集 巻二 167 169 170日並皇子尊の殯宮の時に、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌

167
天地の 初めの時の ひさかたの 天の河原に
あめつちの はじめのときの ひさかたの あまのかわらに

八百万 千万神の 神集ひ 集ひいまして
やおよろず ちよろずかみの かんつどい つどいいまして

神はかり はかりし時に 天照らす 日女の命
かんはかり はかりしときに あまてらす ひるめのみこと

天をば 知らしめすと 葦原の 瑞穂の国を
あめをば しらしめすと あしはらの みずほのくにを

天地の 寄り合ひの極み 知らしめす 神の命と
あめつちの よりあいのきわみ しらしめす かみのみことと

天雲の 八重かき分けて 神下し いませまつりし
あまくもの やえかきわけて かんくだし いませまつりし

高照らす 日の皇子は 飛ぶ鳥の 清御原の宮に
たかてらす ひのみこは とぶとりの きよみのみやに

神ながら 太敷きまして 天皇の 敷きます国と
かんながら ふとしきまして すめろきの しきますくにと

天の原 石門を開き 神上がり 上りいましぬ
あまのはら いわとをひらき かんあがり あがりいましぬ

我が大君 皇子の尊の 天の下 知らしめしせば
わがおおきみ みこのみことの あめのした しらしめしせば 

春花の 貴からむと 望月の たたはしけむと
はるはなの とうとからんと もちづきの たたわしけんと

天の下 四方の人の 大船の 思ひ頼みて
あめのした よものひとの おおぶねの おもいたのみて

天つ水 仰ぎて待つに いかさまに 思ほしめせか
あまつみず おうぎてまつに いかさまに おもおしめせか

つれもなき 真弓の岡に 宮柱 太敷きいまし
つれもなき まゆみのおかに みやばしら ふとしきいまし

みあらかを 高知りまして 朝言に 御言問はさず
みあらかを たかしりまして あさことに みこととわさず

日月の まねくなりぬれ そこ故に 皇子の宮人
ひつきの まねくなりぬれ そこゆえに みこのみやひと

行くへ知らずも
いくえしらずも 

168 169 反歌二首

168
ひさかたの 天見るごとく 仰ぎ見し 皇子の御門の 荒れまく惜しも
ひさかたの あめみるごとく あうぎみし みこのみかどの あれまくおしも

169
あかねさす 日は照らせれど ぬばたまの 夜渡る月の 隠らく惜しも
あかねさす ひはてらせれど ぬばたまの よわたるつきの かくらくおしも

170 或る本の歌一首

170
島の宮 勾の池の 放ち鳥 人目に恋ひて 池に潜かず
しまのみや まがりのいけの はなちどり ひとめにこいて いけにかずかず


<私の想像を加えた歌の意味>
167 ※修辞の部分を省き、作者が述べたいことだけを想像してみた。
天武天皇は、神の御子として地上にお降りになった日の皇子の子孫でございます。
その天武天皇は、浄御原でこの国を立派に治められ、お亡くなりになられました。
天武天皇亡きあとは、日並皇子が天下をお治めなさるだろうと、誰もが期待しておりました。
その日並皇子がお亡くなりになりました。
皇子に仕える宮人たちは、どうしてよいか分からず、呆然としているばかりでございます。

168
天を見るように、仰ぎ見ていた素晴らしい宮殿でした。
皇子亡き後の宮殿は荒れていく定めです。
なんとも残念なことです。

169
日が昇り、月が隠れる。
それは自然の運行だが、月が隠れてしまうのはなんとも残念だ。
人の死は避けられぬが、皇子を失うのは惜しく、悲しい。

170
飼われている鳥に、亡き主人を恋う気持ちがあるのか。
島の宮の勾の池の鳥は、人を恋しがって池に潜らなくなった。

※167の口語訳(日本古典文学全集 萬葉集 小学館)を下に引用する。

「天地の 始まりの時のことで (ひさかたの) 天の河原に
八百万 千万の神々が 神の集まりに 集まられて
相談に 相談を重ねた時に 天照らす 日女の尊は
天の原を お治めになるとて 葦原の 瑞穂の国を
天と地の 寄り合う遠い果てまでも お治めになる 神の御子として
天雲の 八重かき分けて 天つ神が 地上にご降臨願った
(高照らす) 日の御子の子孫であられる天武天皇は (飛ぶ鳥の)浄御原の宮に
おん自ら 御殿を営まれて この国は代々の天皇が お治めになる国だとして
天の原の 岩戸を開き 天に登り お隠れになった 
わが大君 日並皇子尊が 天下を お治めになったとしたら 
春の花のように お栄あるであろうと 満月のように お見事であろうと
天下の 四方八方の人が (大船の) 頼りに思って
(天つ水) 仰ぎ見待っていたのに どのように 考えられてか 
縁もない 真弓の岡に 宮柱を しっかりと立て
殯宮を 高く営まれて 朝のお言葉も のたまわれぬまま
月日も あまた積もったので そのために 皇子の宮人たちは
途方に暮れている」


<歌の感想>
 以前の記事で触れたように、歴史的な背景や、政治的な意図をも感じる。
 だが、それ以上に敬愛する皇子の死を悼む作者の心情が表現されていると思う。しかも、亡き人を、残された宮殿や消えていく月や人恋しそうな水鳥とつなげていく自在さは、驚きさえ感じる。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

はても見えぬ
真直(ますぐ)の街をあゆむごと
こころを今日は持ちえたるかな

<私の想像を加えた歌の意味>
行きつく先が見えないほど真っ直ぐな街路が続いている。
どんなに先が遠くとも、この真っ直ぐな道を歩いて行こうと決意した。
信じる道をただただ歩き続けようという決意を今日は持つことができた。

<歌の感想>
 「今日は持ちえたるかな」に作者独特の感性を見る。また、それが作品の完成度につながっている。
 このような強い気持ちを、持ち続けることができないと分かっているのだろう。だが、真っ直ぐに歩き続けるという気持ちをいつも持っていたいという啄木の心情が伝わってくる。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

秋の風
今日よりは彼(か)のふやけたる男に
口は利(き)かじと思ふ

<私が考えた歌の意味>
今日からは、あのふやけた考えの男に、もう口を利かないと決めた。
秋風の吹く今日からは。

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