万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

万葉集 巻二 117 118117 舎人皇子の御歌一首ますらをや 片恋せむと 嘆けども 醜のますらを なほ恋ひにけりますらおや かたこいせんと なげけども しこのますらお なおこいにけり118 舎人娘子(とねりのおとめ)が和し奉った歌一首嘆きつつ ますらをのこの 恋…
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万葉集 巻二 114 115 116114 但馬皇女(たじまのひめみこ)が高市皇子(たけちのみこ)の宮にいた時に、穂積皇子(ほずみのみこ)を思ってお作りになった歌一首秋の田の 穂向きの寄れる 片寄りに 君に寄りなな 言痛くありともあきのたの ほむきのよれる かたより
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より気抜けして廊下に立ちぬあららかに扉(ドア)を推(お)せしにすぐ開きしかば<私の想像を加えた歌の意味>そのドアは簡単には開かないだろうと思い、力を込めて押した。なんということもなく、スッと開いた。勢い込んでいた気持
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 よりかうしては居(を)られずと思ひ立ちにしが戸外(おもて)に馬の嘶(いなな)きしまで<私の想像を加えた歌の意味>このままではいけないと思った。とにかく何かをしなければと、立ち上がった。立ち上がったはいいが、何をすべき
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 よりある日のこと室(へや)の障子をはりかへぬその日はそれにて心なごみき<私が考えた歌の意味>ある日のことだった。部屋の障子を張り替えた。その日は、それだけで心がなごんだ。<私の想像を加えた歌の意味>思い立って部屋の障
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万葉集 巻二 111 112 113111 (持統天皇が)吉野宮に行幸なさった時に、弓削皇子が額田王に贈り与えた歌一首古に 恋ふる鳥かも ゆづるはの 御井の上より 鳴き渡り行くいにしえに こうるとりかも ゆずるはの みいのうえより なきわたりゆく112 額田王の答え奉っ
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万葉集 巻二 110 日並皇子尊が石川郎女(大名児)に贈り与えられた御歌一首大名児を 彼方野辺に 刈る草の 束の間も われ忘れめやおおなこを おちかたのへに かるくさの つかのあいだも われわすれめや<私が考えた歌の意味>野で刈る草の一束はほんのわずかだ。そ
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 よりたんたらたらたんたらたらと雨滴(あまだれ)が痛むあたまにひびくかなしさ<私の想像を加えた歌の意味>雨がしとしとと降り続く。頭痛が止まない。不規則に落ちる雨垂れの音が嫌だ。とぎれそうでとぎれない。雨だれが、頭痛を増
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与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より山ごもりかくてあれなのみをしへよ紅(べに)つくるころ桃の花さかむ<私が考えた歌の意味>山にこもって、教えを受ける今が続くといいのに。教えを説いてくださるお坊様、あなただけが私だけに説いてくださるといいのに。山を下りて
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与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より経はにがし春のゆふべを奥の院の二十五菩薩歌うけたまへ<私が考えた歌の意味>お経をあげるのは退屈です。春の夕べなのですから、私の歌を味わってください。奥の院にいらっしゃる二十五菩薩様。<私の想像を加えた歌の意味>お経を
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万葉集 巻二 107 108 109 107 大津皇子が石川郎女に贈った御歌一首あしひきの 山のしづくに 妹待つと われ立ち濡れし 山のしづくにあしひきの やまのしずくに いもまつと われたちぬれし やまのしずくに108 石川郎女が唱和し奉った歌一首我を待つと 君が濡れ
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より或る時のわれのこころを焼きたての麺麭(ぱん)に似たりと思ひけるかな<私の想像を加えた歌の意味>焼きたてのパンの香ばしい香りがする。焼きたてのパンの手触りはふっくらとしている。ある朝の私の心は、焼きたてのパンのよう
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 よりこの次の休日(やすみ)に一日(いちにち)寝てみむと思ひすごしぬ三年(みとせ)このかた<私の想像を加えた歌の意味>この次の休日には、何もしないで、どこへも行かないで一日中寝ていよう。三年前からそう思っていた。休日が
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朝日新聞夕刊2017/3/22 あるきだす言葉たち 春の棘 松岡 秀明(まつおか ひであき)クリニックの診察室に四季はない生花(せいか)と患者の服装以外 患者は、病気を治したくて医師の所へ行く。病気の症状の重い時は、一刻も早く病院へ行きたい。治療のおかげで病が癒え
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万葉集 巻二 165 166 大津皇子の遺体を葛城の二上山に移葬した時に、大伯皇女が悲しんで作られた歌二首165うつそみの 人なる我や 明日よりは 二上山を 弟と我が見むうつそみの ひとなるわれや あすよりは ふたがみやまを いろせとわがみん166磯の上に 生ふるあ
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万葉集 巻二 163 164 大津皇子(おおつのみこ)が亡くなった後に、大伯皇女(おおくのひめみこ)が伊勢の斎宮から上京した時に作られた歌二首163神風の 伊勢の国にも あらましを なにしか来けむ 君もあらなくにかんかぜの いせのくににも あらましを なにしかきけ
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より邦人(くにびと)の顔たへがたく卑しげに目にうつる日なり家(いへ)にこもらむ<私が考えた歌の意味>日本人の顔が耐え難いほど卑しく見える日だ。こういう日は家にこもっていよう。<歌の感想> よくわからない短歌だ。「邦人
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