万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

万葉集 巻一 1 雄略天皇御製歌籠もよ み籠持ち ふくしもよ みぶくし持ちこもよ みこももち ふくしもよ みぶくしもちこの岡に 菜摘ます児 家告らせ 名告らさねこのおかに なつますこ いえのらせ なのらさねそらみつ 大和の国は おしなべて 我こそ居れ そ…
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山家集 上巻 春 37 7018この春は 賤が垣根に ふればひて 梅が香とめん 人親しまんこのはるは しずがかきねに ふればいて うめがかとめん ひとしたしまん<口語訳>この春は、梅の香りを求めて、我が家の粗末な垣根に近寄って来た人と親しくなろう。<意訳>ただ
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山家集 上巻 春 36 7016心せん しづが垣根の 梅はあやな 由なくすぐる 人とどめけりこころせん しずがかきねの うめはあやな よしなくすぐる ひととどめけり<口語訳>気にしておこう。家の粗末な垣根の梅の花は不思議だ。ただ通りかかっただけの人を立ち止まら
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山家集 上巻 春 35 7016香をとめん 人こそ待て 山里の 垣根の梅の 散らぬかぎりはかをとめん ひとこそまて やまざとの かきねのうめの ちらぬかぎりは<口語訳>梅の花の香りを求めてやってくる人を待っていよう。山里の垣根の梅がすっかり散ってしまうまでは。<
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山家集 上巻 春 34 7013片岡に しば移りして なく雉子 たつ羽音とて たかからぬかはかたおかに しばうつりして なくきぎす たつはおととて たかからぬかは<口語訳>岡の斜面をあちこちへ飛び回り雉が鳴いている。雉の羽の音だから高くないわけがない。<意訳>
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 同じような題材で、微に入り細に入り春の風物が表現されている。 季節のことを、表現しているのだろうかという疑問がわいてくる。これは、季節を軸にした作者の日常なのではないかと思う。 朝起きてこれをしていたら、このことが気になったということなのではないか。 
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山家集 上巻 春 33 7014春の霞 いへたちいでで 行きにけん 雉子たつ野を 焼きてける哉はるのかすみ いえたちいでて ゆきにけん きぎすたつのを やきにけるかな<口語訳>春霞の中出かけて見に行ってみよう。雉の来ている野で野焼きがあったから。<意訳>春の野
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 よりわが泣くを少女等(おとめら)きかば病犬(やまいぬ)の月に吠ゆるに似たりといふらむ<私が考えた歌の意味>私が泣く声を少女たちが聞いたなら、狂犬が月に向かって吠えていると思うだろう。<私の想像を加えた歌の意味>私の悲
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 よりたはむれに母を背負ひてそのあまり軽(かろ)きに泣きて三歩あゆまず<口語訳>ふざけも混じった気持ちで母をおんぶした。その母が軽くなっているのに気づき、涙が出てしまった。三歩と歩くことさえできなかった。<意訳>よもや
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より燈影(ほかげ)なき室(しつ)に我あり父と母壁のなかより杖つきて出づ<口語訳>明かりのない部屋に独りでいる。闇の中、父と母があらわれた。暗い壁の中から、二人とも杖をついた姿でうかんでくる<意訳>父母に長年会っていな
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山家集 上巻 春 32 7012おひかはる 春の若草 まちわびて 原の枯野に 雉子なくなりおいかわる はるのわかくさ まちわびて はらのかれのに きぎすなくなり<口語訳>若菜が芽吹くのを待ちきれなくて、野原の枯野で雉が鳴いている。<意訳>春がきたが、若菜の芽は
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山家集 上巻 春 31 7011もえいづる 若菜あさると 聞ゆなり 雉子なく野の 春の明けぼのもえいずる わかなあさると きこゆなり きぎすなくのの はるのあけぼの<口語訳>萌え出たばかりの若菜をあさって雉が野原で鳴いているようだ。春の曙どきに。<意訳>春の曙
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 柿本人麻呂の巻一 29~31を読むと、作者の興味が荒れ果てた都跡に注がれていることが分かる。これは、人麻呂個人の視点ではない。当時の人々が長歌短歌に求めたものが、荒れ果てた都の跡の景色であり、風情であったと思われる。 そして、そこに、過去を思い出し、昔の栄
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 少しずつ、万葉集中の柿本人麻呂の作を、私なりに散文にしてみている。そうすると、だんだんにこの人がどんな作家よりも抜きんでた表現者に思えてきた。 特にその長歌(巻二 210)に驚く。こんなに短い文字数の中で、妻の死を悼む人間の心情をあらゆる面から描いている。
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巻二 210うつせみと 思ひし時に 取り持ちて 我が二人見しうつせみと おもいしときに とりもちて わがふたりみし走り出の 堤に立てる 槻の木の こちごちの枝のはしりでの つつみにたてる つきのきの こちごちのえの春の葉の しげきがごとく 思へりし 妹にはあ
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より飄然と家を出でては 飄然と帰りし癖よ友はわらへど<口語訳>誰にも何も言わずにふらりと家を出る。いつ帰るとも知らせず、どこへ行ったかも言わずふらりと家へ戻る。友人は、私がそんなことをたびたびするのを笑っている。<意
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より大といふ字を百あまり砂に書き死ぬことをやめて帰り来れり<口語訳>砂の上に「大」という字をいくつもいくつも書いてみた。死のうという気持ちが消えてしまい、海岸を後にした。<意訳>この気持ちをどうすることもできず、また
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