万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

わが泣くを少女等(おとめら)きかば
病犬(やまいぬ)の
月に吠ゆるに似たりといふらむ

<私が考えた歌の意味>
私が泣く声を少女たちが聞いたなら、狂犬が月に向かって吠えていると思うだろう。

<私の想像を加えた歌の意味>
私の悲しみは誰にも理解されない。
理解されないどころか、嫌悪される。
少女が私の泣き声を聞いたなら、狂犬が月に遠吠えをしている、と言うだろう。
それが、私の悲しみの声だ。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

たはむれに母を背負ひて
そのあまり軽(かろ)きに泣きて
三歩あゆまず

<口語訳>
ふざけも混じった気持ちで母をおんぶした。
その母が軽くなっているのに気づき、涙が出てしまった。
三歩と歩くことさえできなかった。

<意訳>
よもやま話が盛り上がり、冗談混じりに母をおんぶした。
軽い。
母をおんぶすることなどなかったが、こんなに軽くなっているとは。
軽いのに、おんぶしたまま足が前に出ない。
母は、老いたのだ。
母は、弱ったのだ。

 有名な作だ。前回の訳とあまり変わらないが、より作者の感情が伝わってくるような気がする。老いた母を思いやるというよりは、親の老いを見つめている眼を感じる。
 「三歩あゆまず」には、母をこれから一層大切にしようという気持ちよりは、人間の老いを悲しむ心情を感じる。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

燈影(ほかげ)なき室(しつ)に我あり
父と母
壁のなかより杖つきて出づ

<口語訳>
明かりのない部屋に独りでいる。
闇の中、父と母があらわれた。
暗い壁の中から、二人とも杖をついた姿でうかんでくる

<意訳>
父母に長年会っていない。
独り、明かりのない部屋にいると、父母のことに思いがいく。
闇の中から父と母があらわれた。
二人ともに杖をついた姿だ。
二人ともに老いた姿で、私の前にあらわれた。

山家集 上巻 春 32 7012

おひかはる 春の若草 まちわびて 原の枯野に 雉子なくなり
おいかわる はるのわかくさ まちわびて はらのかれのに きぎすなくなり

<口語訳>
若菜が芽吹くのを待ちきれなくて、野原の枯野で雉が鳴いている。

<意訳>
春がきたが、若菜の芽はまだ萌えださず、野原は枯れている。
若菜の芽はまだでないのに、待ちかねて雉が来ている。
春の枯野に、雉が盛んに鳴いている。


 原は、春の枯野だ。そこは、間もなく若菜の芽で緑になる。雉の鳴き声が聞こえる。姿は見えないが、雉は何をしているのだろう。
 作者の関心は、季節の到来に注がれつづけ、あらゆることが季節の変化と結びつけられている。和歌の題材として四季の変化よりも重要なものがあるものか、という意識を感じる。
 季節の変化だけを題材にした作を続けて読むと、だんだんに飽きてくる。だが、人と時代を問わず、季節の変化以上に人間にとって大切なもの、心を豊かにしてくれるものがあるか、と問われると、答えは簡単ではない。

山家集 上巻 春 31 7011

もえいづる 若菜あさると 聞ゆなり 雉子なく野の 春の明けぼの
もえいずる わかなあさると きこゆなり きぎすなくのの はるのあけぼの


<口語訳>
萌え出たばかりの若菜をあさって雉が野原で鳴いているようだ。
春の曙どきに。

<意訳>
春の曙、雉の鳴き声が野原の方から聞こえてくる。
あの雉は、芽を出したばかりの若菜をついばんでいるだろう。

 柿本人麻呂の巻一 29~31を読むと、作者の興味が荒れ果てた都跡に注がれていることが分かる。これは、人麻呂個人の視点ではない。当時の人々が長歌短歌に求めたものが、荒れ果てた都の跡の景色であり、風情であったと思われる。
 そして、そこに、過去を思い出し、昔の栄華を懐かしむだけではないものを感じる。
 「近江の荒都」は、栄えた時があった。栄えた時があったからこそ、今の荒れ果てた情景が心をうつ。

 長歌短歌が、勢いを増す天皇と、その都の繁栄ぶりを表現する場合もある。
 だが、柿本人麻呂の作品は、過去の繁栄と現在の衰退を描くときに一段と精彩を放っていると感じる。

 少しずつ、万葉集中の柿本人麻呂の作を、私なりに散文にしてみている。そうすると、だんだんにこの人がどんな作家よりも抜きんでた表現者に思えてきた。
 特にその長歌(巻二 210)に驚く。こんなに短い文字数の中で、妻の死を悼む人間の心情をあらゆる面から描いている。
 亡くなった妻のどんな姿を思い出すか。
 生きていた妻にどんな気持ちをもっていたか。
 妻の死のその時をどう感じたか。
 残された子にどう接しているか。
 妻亡き後の日々をどう過ごしているか。
 悲しみをどう慰めようとしているか。

 散文にはとうていできないような豊かな内容と哀切な調べが時を超えて届いてくる。
 しかも、この日本語の詩が、表音文字だけで表現されていることをどうとらえればよいのだろうか。
 現代の私たちと異なり、当時の人々は、日本語の音だけでこれを表現し、享受していたというのか。

巻二 210

うつせみと 思ひし時に 取り持ちて 我が二人見し
うつせみと おもいしときに とりもちて わがふたりみし

走り出の 堤に立てる 槻の木の こちごちの枝の
はしりでの つつみにたてる つきのきの こちごちのえの

春の葉の しげきがごとく 思へりし 妹にはあれど
はるのはの しげきがごとく おもえりし いもにはあれど

頼めりし 児らにはあれど 世の中を 背きしえねば
たのめりし こらにはあれど よのなかを そむきしえねば

かぎろひの もゆる荒野に 白たへの 天領巾隠り
かぎろいの もゆるあれのに しろたえの あまひれがくり

鳥じもの 朝立ちいまして 入日なす 隠りにしかば
とりじもの あさだちいまして いりひなす かくりにしかば

我妹子が 形見に置ける みどり子の 乞ひ泣くごとに
わぎもこが かたみにおける みどりごの こいなくごとに

取り与ふる ものしなければ 男じもの わきばさみ持ち
とりあたうる ものしなければ おとこじもの わきばさみもち

我妹子と 二人我が寝し 枕づく つま屋のうちに
わぎもこと ふたりわがねし まくらずく つまやのうちに

昼はも うらさび暮らし 夜はも 息づき明かし
ひるはも うらさびくらし よるはも いきづきあかし

嘆けども せむすべ知らに 恋ふれども 逢ふよしをなみ
なげけども せんすべしらに こうれども あうよしをなみ

大鳥の 羽易の山に 我が恋ふる 妹はいますと
おおとりの はがいのやまに わがこうる いもはいますと

人の言へば 岩根さくみて なづみ来し 良けくもそなき
ひとのいえば いわねさくみて なずみこし よけくもそなき

うつせみと 思ひし妹が 玉かぎる ほのかにだにも
うつせみと おもいしいもが たまかぎる ほのかにだにも

見えなく思へば
みえなくおもえば


<口語訳>日本古典文学全集 万葉集 小学館 より引用
この世の人だと 思っていた時に 手に取り持って 二人で眺めた 走り出の 堤に立っている 槻の木の あちこちの枝の 春の葉の 茂っているように若いと 思っていた 妻であるが 頼りにしていた 女であるが 世間の道理に 背くこともできないので 陽炎の もえる荒れ野に 真っ白な 天人の領巾に包まれ 鳥でもないのに 朝家を出て (入日なす) 隠れてしまったので 妻が 形見に残した 幼子が 物をせがんで泣くたびに 取り与える 物もないので 男のくせに 脇に挟んで抱き 亡き妻と 二人で寝た (まくらづく) 離れ屋の中で 昼はしょんぼり暮らし 夜はため息ばかりついて明かし 嘆いても どうしてよいか分からず 恋い慕っても 逢えるわけもないので (大鳥の) 羽易の山中に わたしが恋い慕う 妻がいると 言う人があったので 岩を押し分けて 無理をしてやって来たが その甲斐もないではないか この世の人だと 思っていた妻が (玉かぎる) ほのかにさえも 見えないことを思うと  

<私の想像を加えた歌の意味>
妻が元気なころは、手を取り合って槻の木を眺めたものだった。
あのころの妻は、春の葉が茂るように若々しかった。
あのころは家のことはなんでも妻を頼りにしていた。
だが、世の中の定めに逆らうことはできない。
妻は、突然にこの世を去ってしまった。
それはまるで、天の雲に吸い込まれてしまうようであり、鳥が飛び去ってしまうようであり、入日が沈むようであった。
母を失った幼子が泣いても、何を求めているのか、わからない。
幼子を抱き、父である私はどうしてよいかわからない。
妻との思い出ばかりがわく家の中で、昼はしょんぼりと暮らし、夜はため息ばかりついて過ごす。
嘆いても嘆いても悲しみが尽きない。
どんなに恋い慕っても会うことができない。
羽易の山に行けば、亡き人にもあえると聞き、険しい道をかき分けて行ってもみたが、あえることはなかった。
かすかにでも、その気配だけでも、生きているころの妻の姿を期待したが、それさえも叶えられない。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

飄然と家を出でては 
飄然と帰りし癖よ
友はわらへど

<口語訳>
誰にも何も言わずにふらりと家を出る。
いつ帰るとも知らせず、どこへ行ったかも言わずふらりと家へ戻る。
友人は、私がそんなことをたびたびするのを笑っている。

<意訳>
飄然と家を出ては、飄然と家へ帰る。
友はそんな私の癖を、ばかにして笑っている。
友は笑っているが、誰もそのときの私の気持ちをわかりはしない。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

大といふ字を百あまり
砂に書き
死ぬことをやめて帰り来れり

<口語訳>
砂の上に「大」という字をいくつもいくつも書いてみた。
死のうという気持ちが消えてしまい、海岸を後にした。

<意訳>
この気持ちをどうすることもできず、また海岸に来た。
死にたいという思いばかりが心を占領している。
ただなんということもなく、「大」と砂の上に書いてみた。
なんということもなく、もう一つ書いてみた。
もっと、もっと続けて、「大」と書いてみた。
もう少し生きてみようかという思いがわいてきたらしい。

 山上憶良の 銀も 金も玉も 何せむに 優れる宝 子にしかめやも は、有名な短歌だ。
 だが、作品からイメージできる情景はほとんどない。また、作者の個人の心情というよりは、非常に広い範囲の人々がもつ心情が表現されている。
 また、この反歌から、当時既に金銀財宝を至上の物とする価値観があったことを知ることができる。子どもへの愛情よりも、蓄財を優先するような風潮をたしなめる役割をもたされていたのではないか、とさえ思える。
 そのように考えても、802と803の長歌反歌は名作だと思う。
 うまい物を食べたときに、これを子どもにも食べさせたいと、あらゆる時代でどれほどの親が思ったことか。
 離れている子のことが心配になり、あらゆる時代のどれほどの親は眠られぬ夜を過ごしたことか。
 たとえ親でなくてもどれほどの人が、幼い子の愛らしさに救われる思いをしたことか。

 時代を超えて、多くの人々が共感できる心情を五音七音の調べにのせて表現しているのが、この長歌と反歌だと思う。それは、現代にも受け継がれている。

巻五 803

銀も 金も玉も 何せむに 優れる宝 子にしかめやも
しろかねも くがねもたまも なにせんに まされるたから こにしかめやも

<口語訳>
銀も金も珠玉も、どうしてこの世で最も値打ちのある宝といえるだろうか。
子どもに勝る宝などこの世にはない。

<意訳>
世間では、銀や金や宝石など希少なものを皆が追い求める。
しかし、そのような希少な宝物よりももっと大切にすべきものがある。
それが、子どもという存在だ。
子どもを愛しむ人の心こそ、最上の宝なのだ。

802 山上憶良

瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ
うりはめば こどもおもおゆ くりはめば ましてしぬわゆ

いづくより 来たりしものそ まなかひに もとなかかりて
いずくより きたりしものそ まなかいに もとなかかりて

安眠しなさぬ
やすいしなさぬ

<口語訳>
瓜を食べると子どもを思い出す。
栗を食べるとまたいっそう子どもを思い出す。
どこからあらわれるのか、目の前に子どもの姿が見え隠れして、眠りさえも妨げられる。

<意訳>
瓜を食べると、これを子どもにも食べさせたいと思う。
栗を食べると、これを子どもに食べさせたらさぞかし喜ぶだろうと思う。
何かの拍子に子どもの姿がありありと目に浮かぶ。
離れている我が子の姿が思い浮かぶと、会いたくて、安眠もできないほどだ。


 序詞を読み長歌を読むと、純粋に我が子への愛情を表現しているだけとは受け取れない。歌の後半には、観念的なものを感じる。我が子への感情だけではなく、子どもを愛おしく思うのは大切にすべき心情だと周囲を諭している意図を感じる。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

しつとりと
なみだを吸へる砂の玉
なみだは重きものにしあるかな


<口語訳>
砂の玉がしっとりと涙に濡れた。
その砂の玉が重く感じられる。
この重さは涙の重さなのだろう。

<意訳>
手にした砂が私の涙でしっとりと濡れた。
手の中の濡れた砂の塊に重さを感じる。
この重さは、私の涙の重さなのだ。
この重さは、私の悲しみの深さなのだ。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

砂山の裾によこたはる流木に
あたりを見まはし
物言ひてみる

<私が考えた歌の意味>
砂山の外れに流木が横たわっている。
辺りに見回したが、砂浜に人はいない。
その流木に話しかけてみた。

<私の想像を加えた歌の意味>
辺りには誰もいない。
いつもの寂しい砂浜だ。
砂山の外れに流木がある。
海と砂と流木と、それを見ている私だけだ。
その流木にものを言ってみた。
流木は、ただ黙して私の言葉を聞いている。

<歌の感想>
 作者自身の行動がそのままに描かれている。「よこたはる流木」は実際の景色であり、「あたりを見まはし物言ひてみる」は実際の行動と受け取れる。実際に見たことと実際の行動をそのままに表現して一首を詠むのは、短歌の歴史から見ると革新的なものだと感じる。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

砂山の砂に腹這い
初恋の
いたみを遠くおもひ出づる日

<私の想像を加えた歌の意味>
今日も海へ一人でやって来た。
今日は気持ちが安らかだ。
遠い昔の初恋にまつわる悲しみを思い出した。
私にも今日のように思い出に浸る日もある。

<歌の感想>
 このようななんとなく作者の日常を感じる作品を読むと、作者への親近感が増す。短歌としては個性的とは言えない。でも、初恋の思い出そのものではなく、思い出す日があると表現している所がおもしろい。

巻五 801

ひさかたの 天路は遠し なほなほに 家に帰りて 業をしまさに
ひさかたの あまじはとおし なおなおに いえにかえりて なりをしまさに

<口語訳>
新日本古典文学大系 萬葉集一 岩波書店 より引用
(ひさかたの)天に到る道は遠い。素直に家に帰って仕事をしなさいな。

<意訳>
聖人や仙人になろうとしてもそんなことはやすやすとできるものではないよ。
そんな叶わない夢は捨てて、家に戻りなさい。
家に戻って、仕事をし、親と妻子をしっかりと養いなさい。


 800と801は、道徳を説くというよりは、標語やスローガンのように感じる。思えば、現代でも五音七音の組み合わせは、標語に使われ続けている。交通安全標語もあれば、CMのキャッチコピーにもある。
 また、地味な存在だが、各宗派の仏教寺院と神社で配布する日めくりなどには、人の道を説いた短歌が使われている。ある年代層には、このような短歌の影響が相当にあるのではないかと思われる。
 最新の設備を誇るビルのトイレで目にしたことがある。トイレのマナーが五七五七七でプリントされ、掲示されていた。日本人は、このリズムからは離れられないのだ。
 長歌と短歌に、標語やスローガンの働きをもたせ、その代表的な作者が山上憶良だと考えると、おもしろい。

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