万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より龍のごとくむなしき空に躍り出でて消えく煙見れば飽かなく<私の想像を加えた歌の意味>工場の煙が大空に昇っていく。まるで龍が空に躍り出ているようだ。次々に龍が虚空を昇りつめ、そして消えていく。飽きることなく、煙の動き…
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万葉集 巻一 44 我妹子を いざみの山を 高みかも 大和の見えぬ 国遠みかもわぎもこを いざみのやまを たかみかも やまとのみえぬ くにとおみかも<私が考えた歌の意味>大和を見ようとしたが、いざみの山が高く遮っているせいか少しも見えない。大和が見えないの
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万葉集 巻一 43わが背子は いづく行くらむ 沖つ藻の 名張の山を 今日か越ゆらむわがせこは いずくいくらん おきつもの なばりのやまを きょうかこゆらん<私が考えた歌の意味>旅先の夫は今頃はどこまで行っただろうか。今日あたりは、名張の山を越えることだろう
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より気の変(かは)る人に仕(つか)へてつくづくとわが世がいやになりにけるかな<私の想像を加えた歌の意味>私の上司は、以前に言ったことと今言うことがころころと変わる。そんな上司の下で、逆らうこともできずに勤めている。こ
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万葉集 巻一 40 41 42 柿本人麻呂伊勢の国に幸せる時に、京に留まれる柿本朝臣人麻呂が作る歌いせのくにに いでませるときに、 みやこにとどまれる かきのもとのあそみひとまろが つくるうた天皇が伊勢に出かけられた。多くの宮廷人がお供をしていったが、柿本人麻
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与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より海棠(かいだう)にえうなくときし紅すてて夕雨(ゆふさめ)みやる瞳よたゆき<私が考えた歌の意味>あなたに逢えるという当てもないのに化粧をしようと思ったけど、やっぱりやめました。その化粧の紅を、海棠の花の下に捨てました。
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与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 よりまゐる酒に灯(ひ)あかき宵を歌たまへ女はらから牡丹に名なき <私が考えた歌の意味>集まって、酒をのみ、短歌を作る女たちがいる。夜の灯りの下、まだまだ無名の女流歌人たちではあるが、牡丹が咲き群れるように賑やかで華やか。
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与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より紺青(こんじやう)を絹にわが泣く春の暮れやまぶきがさね友歌ねびぬ<私が考えた歌の意味>紺青の装いで私は春の暮れの悲しみを詠む。友はやまぶきを重ねた装いで歌を詠む。友の歌はおとなびている。<私の想像を加えた歌の意味>暮
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与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より紫の濃き虹説きしさかづきに映る春の子眉毛かぼそき<私が考えた歌の意味>紫が濃い虹を見たとあなたは話す。そのあなたのさかずきに映る私の眉毛がか細い。<私の想像を加えた歌の意味>恋を語るあなたを見つめ、あなたのそばに寄る
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万葉集 巻一 39 柿本人麻呂山川も 依りて仕ふる 神ながら 激つ河内に 船出せすかもやまかわも よりてつこうる かんながら たぎつこうちに ふなでせすかも<私が考えた歌の意味>山も川もすべてが天皇にお仕えしている。その天皇が、急流渦巻く流れに、船出をなさ
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万葉集 巻一 38 柿本人麻呂やすみしし わが大君 神ながら 神さびせすと 吉野川 激つ河内にやすみしし わがおおきみ かんながら かんさびせすと よしのがわ たぎつこうちに高殿を 高知りまして 登り立ち 国見をせせば たたなはる 青垣山 たかどのを たか
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より軽(へうきん)の性(さが)なりし友の死顔の青き疲れがいまも目にあり<私の想像を加えた歌の意味>ひょうきんな性格と思われていた友が亡くなり、その死顔を見た。死顔には、生きていた頃の明朗さはみじんもなく、代わりに深い
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万葉集 巻一 37 柿本人麻呂見れど飽かぬ 吉野の川の 常滑の 絶ゆることなく またかへり見むみれどあかぬ よしののかわの とこなめの たゆることなく またかえりみん<私の想像を加えた歌の意味>離宮のある吉野の地を幾度見たとしても、見飽きることなどない。澄
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万葉集 巻一 36 柿本人麻呂吉野の宮に幸せる時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌よしののみやにいでませるときに、かきのもとのあそみひとまろがつくるうた やすみしし わが大君の 聞こし食す 天の下に 国はしも さはにあれどもやすみしし わがおおきみの きこしおす 
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万葉集 巻一 35 これやこの 大和にしては 我が恋ふる 紀路にありといふ 名に負ふ背の山これやこの やまとにしては あがこうる きじにありという なにおうせのやま<私が考えた歌の意味>大和にいるころから背の山をぜひにも見たいと思っていました。その有名な背
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万葉集 巻一 34白波の 浜松が枝の 手向くさ 幾代までにか 年の経ぬらむしらなみの はままつがえの たむけくさ いくよまでにか としのへぬらん<私が考えた歌の意味>浜辺の松の木の枝にお供えがされている。この場所に、お供えをすることは長い年月続いてきたので
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 よりダイナモの重き唸(うなり)のここちよさよあはれこのごとく物を言はまし<私が考えた歌の意味>ダイナモが回転する重厚な音が気持ち良い。ああ、この回転する低い唸り音のように、一定の調子で揺るぐことなく物を言ってみたい。
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