万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。 私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

郷人(さとびと)にとなり邸(やしき)のしら藤の花はとのみに問ひもかねたり

<私が考えた歌の意味>
となりのやしきのしら藤の花は咲いたかしら。
でも、里の人に、となりのしら藤の花は、咲きましたかとだけ尋ねることもできない。

<私の想像を加えた歌の意味>
となりに住むあの方はどうしているかしら。
でも、直接訪れることはできない。
里の人に、それとなく訊いてみようかしら。
でも、なんて訊けばいいのだろう。
そうだ、となりのやしきには、見事なしら藤があった。
しら藤の花は咲きましたか、と訊いてみようかしら。
でも、いきなり、しら藤の花のことだけを訊くのも、なんだかわざとらしい。

くれの春隣すむ画師(ゑし)うつくしき今朝山吹に声わかかりし

<私が考えた歌の意味>
隣に住んでいる画家さんは、美形です。
今朝は、庭の山吹が咲き、あの画家さんの声が聞こえます。
季節は晩春、その声は、季節にも容姿にふさわしく若々しいのです。

与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

ひく袖に片笑(かたゑみ)もらす春ぞわかき朝のうしほの恋のたはぶれ

<私が考えた歌の意味>
あの方への思いを、素振りで示します。
あの方は、気づいたのか、気づかないのか、ちょっとだけ笑みをもらします。
まるで、春の海の潮の満ち引きのような私とあなたの関係。
これこそ、恋のたわむれです。

<感想>
「波がほら、邪魔しにくるよと袖ひけば朝の渚の君の微笑み」チョコレート語訳みだれ髪 俵万智
この訳の方が、その場を想像できて、生き生きとしている。私は、「ひく袖に」を実際の光景、動作とは受け取らなかったので、上のような意味ととらえた。

与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

とや心朝の小琴(をごと)の四つの緒のひとつを永久(とは)に神きりすてし

<私が考えた歌の意味>
琴の四本の弦の一本が切られました。
もう張り直すことができないように切れました。
それが、神の今朝のお心なのです。

<私の想像を加えた歌の意味>
今朝、あの方の気持ちがわかりました。
同じ所で一夜を過ごしたのに、あの方は来てくれません。
小さな琴の四本の弦の一本が切られてしまいました。
もう、この琴の音色は元には戻りません。
私とあなたの仲も、けっして元には戻りません。
それが、神が決めた私たちの定めなのです。

<感想>
 「とや心」の意味がわからない。「神の心とや」として、意味を考えたが、どうであろうか。
 恋が実らなかったのか、仲がもどらなかったのかもわからないが、そろっていたものを切り捨てられたというところから、仲はもどらなかったととらえた。

与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

神の背(せな)にひろきながめをねがはずや今かたかたの袖にこむらさき

<私が考えた歌の意味>
神様がひろい心で見つめてくださることを願います。
今は、片方だけの袖、小紫の袖しかないのですから。
神様は、両方の袖、二人の思いをそろえてくださるでしょう。

<私の想像を加えた歌の意味>
今は、私の恋心だけ。
私の小紫のような片思いだけ。
この片思いを、片思いだけで終わらせません。
両袖がそろうように、互いの恋心がひとつになるでしょう。
私は、信じています。
恋の神様は、私には広いお心をおもちですから。

与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

乳ぶさおさへ神秘のとばりそとけりぬここなる花の紅(くれなゐ)ぞ濃き


<私が考えた歌の意味>
乳房をおさえて、まとった布をそっと蹴ります。
布の下は、神秘のからだ。
ここにいまいる私は花。
花は紅に濃くもえる。

与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

紫の理想の雲はちぎれちぎれ仰ぐわが空それはた消えぬ

<私が考えた歌の意味>
こうなればよいと願うのだが、その願いはちぎれ雲のよう。
空に広がるかと思えば、すっと消えてしまう雲。
思い描く理想の空は、仰ぎ見るすべてが紫に彩られた空。

与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

ほととぎす嵯峨へは一里京へ三里水の清滝(きよたき)夜の明けやすき

<私が考えた歌の意味>
ほととぎすの鳴くのが聞こえる。
ここから嵯峨へは一里。
ここから京都へは三里。
ここは、清滝川の流れに沿う所。
もうすぐ夜も明ける。

<私の想像を加えた歌の意味>
清滝川の流れに沿うようにやってきました。
ここから名所嵯峨までは一里の所です。
京都の町中までは三里ほどあります。
ここは、静かで人通りも少ない所です。
ここで、ひっそりとあの人と一夜を過ごしました。
でも、もう夜明けがやってきます。
外では、ほととぎすが鳴いています。

<感想>
 三つの地名がしっくりと一首の中に入っている。古来、短歌の中の地名ほどイメージ豊かな語は、ないのではないか。

清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢う人みなうつくしき  与謝野晶子 みだれ髪

天離る 鄙の長道ゆ 恋ひ来れば 明石の門より 大和島見ゆ  柿本人麻呂 万葉集巻三 255

 時代の隔たったこの二首を味わっても、地名のもつ力が大きいことがわかる。

与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

紫の虹の滴(したたり)花におちて成りしかひなの夢うたがふな

<私が考えた歌の意味>
虹から紫色の滴がおちる。
その滴が地上の花におちて、できあがったもの。
その世にも稀な美しいものを抱き止めていることは疑いのないこと。

<私の想像を加えた歌の意味>
私の心にあるものは、この世でいちばん美しいもの。
それは、虹の紫色からしたたりおちた滴が、地上で花咲いたもの。
その虹の紫の滴の花を、我がかいなに抱いている。
我が手中にあるのは、まちがいなくこの世でいちばん美しいもの。
それが、恋する心。

<感想>
 チョコレート語訳みだれ髪 俵万智では、次のようにある。「紫の虹のしずくを抱きとめて咲かせる花を恋とよぶなり」。この訳がなければ、意味がとれなかった。
 色彩感覚が独特なだけでなく、句の中での語と語のつながりにも晶子でなければというものを感じる。
 虹の色の中の紫色、その紫色からの滴、その滴が花におちて生成されるもの、このような順を追った意味付けなどは無用なのであろう。

与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

鶯は君が夢よともどきながら緑のとばりそとかかげ見る

<私が考えた歌の意味>
鶯の鳴き声がしたなんて、あなたの夢の中のことでしょう。
なんだかわからない夜中の物音なのだと思いながら、緑のとばりをそっとあげて、外を覗いてみます。

<私の想像を加えた歌の意味>
「鶯の鳴き声がしたよ」あなたが言います。
「この夜なかに鶯が鳴くなんて、それはあなたの夢でしょう。」私が答えます。
夜中の物音がそう聞こえたと思いながら、でも、緑のとばりをそっと開けて外を見ます。
人に知られてはならない二人の夜の出来事。

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