万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

万葉集 巻二 207 柿本朝臣人麻呂が、妻が死んだ後に、泣き悲しんで作った歌二首と短歌(207~212)※以前の記事を改めた。天飛ぶや 軽の道は 我妹子が 里にしあればあまとぶや かるのみちは わぎもこが さとにしあれば ねもころに 見まく欲しけど やまず行かば …
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万葉集 巻二 206 万葉集 巻二 205 弓削皇子(ゆげのみこ)が亡くなった時に、置始東人(おきそめのあずまと)が作った歌一首 併せて短歌(204 205 206)楽浪の 志賀さざれ波 しくしくに 常にと君が 思ほえたりけるささなみの しがのさざれなみ しくしくに つ
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万葉集 巻二 205 弓削皇子(ゆげのみこ)が亡くなった時に、置始東人(おきそめのあずまと)が作った歌一首 併せて短歌(204 205 206)大君は 神にしませば 天雲の 五百重の下に 隠りたまひぬおおきみは かみしませば あまぐもの いおえのしたに かくりたまい
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万葉集 巻二 204 弓削皇子(ゆげのみこ)が亡くなった時に、置始東人(おきそめのあずまと)が作った歌一首 併せて短歌(204 205 206)やすみしし 我が大君 高光る 日の皇子やすみしし わがおおきみ たかひかる ひのみこひさかたの 天の宮に 神ながら 神とい
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石川啄木『一握の砂』「煙」 より花散ればまづ人さきに白の服着て家出づるわれにてありしか<私が考えた歌の意味>桜の花が散る時期になれば、他の人より先に白い夏の服を着た。他の学生がまだ黒の厚い服の時に、白くて軽い服を着て、得意になって家を出た。学校に通ってい
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石川啄木『一握の砂』「煙」 より学校の図書庫(としょぐら)の裏の秋の草黄なる花さきき今も名知らず<私が考えた歌の意味>学校の図書館の裏の草は秋になると黄色の花をつけていた。図書館の行き帰りに目にしたあの花を今でも思い出す。あの花の名はなんというのだろうか
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与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より悔いますなおさへし袖に折れし剣(つるぎ)つひの理想(おもひ)の花に棘あらじ<私が考えた歌の意味>押さえた袖には折れた剣が入っていますね。剣が折れたことを後悔しないでください。最終の理想の花には、棘はありません。剣で戦
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与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より誰ぞ夕(ゆふべ)ひがし生駒(いこま)の山の上のまよひの雲にこの子うらなへ<私が考えた歌の意味>この子の将来を占ってくれる人、誰かいませんか。ひがし生駒の山が暮れていきます。夕空の山の上に、雲が乱れて動いていきます。雲
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万葉集 巻二 203 但馬皇女(たじまのひめみこ)が亡くなった後、穂積皇子(ほづみのみこ)が、雪の降る冬の日、皇女の御墓を遥かに見やって悲しみ、涙を流して作られた歌一首降る雪は あはにな降りそ 吉隠の 猪養の岡の 寒からまくにふるゆきは あわになふりそ よな
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万葉集 巻二 202 ある書の反歌一首泣沢の 神社に御酒据ゑ 祈れども 我が大君は 高日知らしぬなきさわの もりにみわすえ いのれども わがおおきみは たかひしらしぬ<私が考えた歌の意味>泣沢の神社にお酒を供えて、御病気が治るようにお祈りいたしました。祈りは
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万葉集 巻二 201 高市皇子尊(たけちのみこのみこと)の城上(きのえ)の殯宮(ひんきゅう)の時に、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌(199~201)埴安の 池の堤の 隠り沼の 行くへを知らに 舎人は惑ふはにやすの いけのつつみの こもりぬの いくえをしらに と
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万葉集 巻二 200 高市皇子尊(たけちのみこのみこと)の城上(きのえ)の殯宮(ひんきゅう)の時に、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌(199~201)ひさかたの 天知らしぬる 君故に 日月も知らず 恋い渡るかもひさかたの あめしらしぬる きみゆえに ひつきもしら
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万葉集 巻二 199 高市皇子尊(たけちのみこのみこと)の城上(きのえ)の殯宮(ひんきゅう)の時に、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌※長歌全体を四段に区切って考えた。区切り方は、新日本古典文学大系 萬葉集 岩波書店によった。※第四段然れども 我が大君の 万
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万葉集 巻二 199 高市皇子尊(たけちのみこのみこと)の城上(きのえ)の殯宮(ひんきゅう)の時に、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌※長歌全体を四段に区切って考えた。区切り方は、新日本古典文学大系 萬葉集 岩波書店によった。※第三段木綿花の 栄ゆる時に 我
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万葉集 巻二 199 高市皇子尊(たけちのみこのみこと)の城上(きのえ)の殯宮(ひんきゅう)の時に、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌※長歌全体を四段に区切って考えた。区切り方は、新日本古典文学大系 萬葉集 岩波書店によった。※第二段やすみしし 我が大君の 
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万葉集 巻二 199 高市皇子尊(たけちのみこのみこと)の城上(きのえ)の殯宮(ひんきゅう)の時に、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌※長歌全体を四段に区切って考えた。区切り方は、新日本古典文学大系 萬葉集 岩波書店によった。※第一段かけまくも ゆゆしきかも
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石川啄木『一握の砂』「煙」 よりその後(のち)に我を棄てし友もあのころは共に書(ふみ)読み共にあそびき<私が考えた歌の意味>後年、私との関係を絶ってしまった友人だった。だが、あのころは共に本を読み、語り合った。共に、あそびもした。今思い出すと懐かしい気が
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