万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

真剣(しんけん)になりて竹もて犬を撃(う)つ
小児(せうに)の顔を
よしと思へり

<私が考えた歌の意味>
真剣になって、竹で犬を叩いている。
その子の顔を見て、その子の真剣さをよしと思った。

<歌の感想>
 犬を題材にした啄木の歌は、おもしろい。この作も、犬をいじめてはいけないという常識を覆している。だからといって、啄木が犬嫌いであるとは思わない。
 この短歌中の小児は、弱い犬をいじめているとは想像できない。犬を怖がっているのだが、負けまいと竹を真剣になって振り回している小児が目に浮かぶし、それを見つめながら、小児を叱るわけでも助けるわけでもない作者を感じる。
 もちろん、小児か犬のどちらかが傷つきそうになったら、啄木は止めると思う。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

頬(ほ)につたふ
なみだのごはず
一握の砂を示しし人を忘れず

<口語訳>
頬に流れる涙を拭おうとも思わない。
一握りの砂を、私に見せた人はもうこの世にいないのだ。
あの人を忘れることなどあろうはずがない。

<意訳>
小さな手で、小さな指で、浜辺の砂を握りしめ、私に見せてくれた。
あの子にはもうあえない。
流れる涙はそのままにしよう。
砂を握った手が、忘れようもなく、眼に浮かぶ。


 「東海の小島の磯の白砂に」もこの作も、同じ状況でのものであろう。啄木は、その状況がわかるようには表現していない。「示しし人」を「示しし亡き子」とすることもできたであろう。
 理由はうまく説明できないが、「人」の方が圧倒的に印象深い。

※以上が、以前(2016/8/1)の記事。


※以下が、今回(2016/11/22)の記事。

<私の想像を加えた歌の意味>
私は、ほおにつたう涙を拭わない。
私の心は、悲しみで満ちている。
握りしめた砂を、私に見せたあの人のことを忘れない。
私の心はあの人を失った悲しみで満ちている。

<歌の感想>
 以前の記事では、亡き子を思うと想像した。しかし、この作品の中心は、自己の悲しみを悲しみとして描くことにあると今は感じる。「一握の砂を示しし人」が誰であるかの詮索などいらない。
 
啄木の悲しみそのものが、この短歌から伝わってくる。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

路傍(みちばた)に犬ながながと欠伸(あくび)しぬ
われも真似しぬ
うらやましさに

<私が考えた歌の意味>
道端で犬が長々と体を伸ばしてあくびをした。
私も真似をした。
犬の気ままさがうらやましいので。

<歌の感想>
 説明が多い作品だ。説明が多すぎてよくないとでも批評されるのではないかと思う。だが、啄木自身が選んで歌集に入れているのだから、啄木にとっては失敗作ではないのであろう。
 この歌集では、一首で表現したいことがはっきりとしていると感じる。この一首では、犬の欠伸を見てうらやましくなり、うらやましいだけでなく、自分も欠伸をしたという思いと行動を表現したかったのである。それ以外のその時の気分だとか、周囲の様子などは作者の意図にはない。

 「犬が長く欠伸をした」の方が表現に忠実だと思うが、私の感覚で「体を伸ばして」とした。

万葉集 巻一 33

楽浪の 国つ御神の うらさびて 荒れたる京 見れば悲しも
ささなみの くにつみかみの うらさびて あれたるみやこ みればかなしも

<私が考えた歌の意味>
近江の地の神様の力がなくなってしまった。
そのせいで、近江の都は荒れ果ててしまった。
都の跡しか残っていない景色を見ると悲しくなる。

万葉集 巻一 32

古の 人に我あれや 楽浪の 古き京を 見れば悲しき
いにしえの ひとにわれあれや ささなみの ふるきみやこを みればかなしき


<私が考えた歌の意味>
私は昔の人ででもあったのだろうか。
今は廃墟となった都を見ると、わけもなく懐かしく、荒れ果てているのが悲しい。

<私の想像を加えた歌の意味>
今は、荒れ果てて、ところどこに昔の繁栄の跡しか見えない。
この廃墟を眺めるていると、ありありと当時の賑わいが浮かんでくる。
だが、ふっと気づくとそこは何もなく、悲しみだけがこみ上げてくる。
まるで、昔の華やかな都に自分が生きていたような気さえする。

万葉集 巻一 31 柿本人麻呂

楽浪の 志賀の大わだ 淀むとも 昔の人に またも逢はめやも
ささなみの しがのおおわだ よどむとも むかしのひとに またもあわめやも


<私の想像を加えた歌の意味>
楽浪の志賀の大わだには、流れもなく水が淀んだままになっている。
この淀みは、大宮人で賑わっていたときの水そのままのようだ。
だが、大宮人があらわれることはもうないのだ。

<歌の感想>
 過去に栄えた場所を題材にしても、繁栄の時期からどれほど経っているかで違い出るであろう。歴史や記録に残されているような遠い過去の場合もある。また、繁栄の頃がはっきりと記憶に残っているほど近い過去の場合もある。
 29~31では、昔のことといっても、何十年も前のことではなさそうだ。建物などの人工物はなくなっていても、自然は当時のままを保っている様子が想像できる。
 今は廃墟であっても、人麻呂にとってはまだ記憶に新しいのであろう。
 廃墟を見て過去の栄華のはかなさを表現するというと、何十年、何百年前をイメージしてしまうが、ここではそれほど時間を経ていない過去だと思う。

※以前の記事を改めた。

巻一 30 柿本人麻呂

楽浪の 志賀の唐崎 幸くあれど 大宮人の 船待ちかねつ
ささなみの しがのからさき さきくあれど おおみやびとの ふねまちかねつ

<私が考えた歌の意味>
楽浪の志賀の唐崎は昔のままの景色だ。
もう現れることのない大宮人の船を待ちかねている。

<私の想像を加えた歌の意味>
楽浪の志賀の唐崎の景色は過去に栄えたころと変わらなく美しい。
唐崎だけが変わることなく、大宮人の船の現れるのを待ち続けている。
だが、昔のような賑わいは戻らない。
辺りは静まったままだ。

※以前の記事を改めた。

万葉集 巻一 29 柿本人麻呂

近江の荒れたる都に過る時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌
おうみのあれたるみやこに よきるときに、かきのもとのあそみひとまろが つくるうた

近江大津宮は、今は廃墟となってしまっている。その都の跡に立ち寄った時に柿本人麻呂が作った歌


玉だすき 畝傍の山の 樫原の 聖の御代ゆ 生れましし 神のことごと
たまだすき うねびのやまの かしはらの ひじりのみよゆ あれましし かみのことごと

つがの木の いや継ぎ継ぎに 天の下 知らしめししを 天にみつ 大和を置きて
つがのきの いやつぎつぎに あめのした しらしめししを そらにみつ やまとをおきて

あをによし 奈良山を越え いかさまに 思ほしめせか 天離る 鄙にはあれど
あおによし ならやまをこえ いかさまに おもおしめせか あまざかる ひなにはあれど

石走る 近江の国の 楽浪の 大津の宮に 天の下 知らしめしけむ 
いわばしる おうみのくにの ささなみの おおつのみやに あめのした しらしめしけん 

天皇の 神の尊の 大宮は ここと聞けども 大殿は ここと言へども 
すめろきの かみのみことの おおみやは ここときけども おおとのは ここといえども

春草の 繁く生ひたる 霞立ち 春日の霧れる ももしきの 大宮所 
はるくさの しげくおいたる かすみたち はるひのきれる ももしきの おおみやどころ 

見れば悲しも
みればかなしも 


<私の想像を加えた歌の意味>
代々の天皇は、大和の地に都を置き、この国をお治めになりました。
それなのに、なにか深いお考えがあったのでしょうか、天智天皇は大和には都を置きませんでした。
大和から離れた近江の大津に、宮殿をお造りになられて、ここを都とされて国を治められました。
その近江大津の都の跡はここですと、昔を知る人々は言うのですけれども、それらしいものは見えません。
宮殿はここにあったと、昔を知る人々から聞くのですけれども、今はその建物跡さえわかりません。
今は草が生い茂り、春霞に霞んだ野原が見えるだけです。
都があったときには栄えていたことを思い描いて、この地を見れば、悲しい思いが深まります。

<歌の感想>
 今は廃墟なっている近江大津宮の繁栄のころを、語り伝えなければならないという意識があったのであろう。
 過去の栄華と現在の廃墟の対比が伝わってくる。
 繁栄よりも荒廃を表現するときに、人麻呂の作品は輝きを増すと感じる。

※以前の記事を改めた。

万葉集 巻一 28

春過ぎて 夏来るらし 白たへの衣干したり 天の香具山
はるすぎて なつきたるらし しろたえのころもほしたり あめのかぐやま

<私が考えた歌の意味>
春が終わり、夏が来たようだ。
夏の風物の衣干しが始まった。
真っ白な衣が干されているのが見える。
香具山の麓に。

<歌の感想>
 和歌に求められるものとして、季節感を描くということが始まっているのを感じる。しかも、それぞれの季節ではなく、春から夏へと移り行くその変化が描かれている。

万葉集 巻一 27

よき人の よしとよく見て よしと言ひし 吉野よく見よ よき人よく見
よきひとの よしとよくみて よしといいし よしのよくみよ よきひとよくみ

<私の想像を加えた歌の意味>
吉野は、よい所です。

<私の想像を加えた歌の意味>
昔の よき 人が よい 所だと  よく 見て、 よし と言いました
よし 野を よく 見てごらんなさい
今の よき 人よ よく 見てごらんなさい
※以前の記事に書き加えた。(2016/11/27)

<歌の感想>
 歌の意味としては、概ねこういうことだろう。この時代に、こういう音の連なりを楽しんでいたことに驚く。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

死ぬことを
持薬(ぢやく)をのむがごとくにも我はおもへり
心いためば

<私が考えた歌の意味>
死ぬことは、病気の苦しみから救ってくれる薬を飲むようなものだと思う。
だが、こんな風に思うのも心がいたんでいるからだ。

<歌の感想>
 啄木が自殺をどうとらえていたかが窺える。
 「心いためば」は、心中に苦しさを感じると、心が壊れるように感じるの両方が含まれていると思う。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

それもよしこれもよしとてある人の
その気がるさを
ほしくなりたり

<私が考えた歌の意味>
「それもいいね」「これもいいね」と、何でも受け入れる人がいる。
その気軽さがほしくなった。

<歌の感想>
 啄木は、自分がそういういい加減な態度をとれるとは思っていない。だが、拒否すべきことに取り囲まれている自己を持て余しているように感じる。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

遠くより笛の音(ね)きこゆ
うなだれてある故やらむ
なみだ流るる

<私が考えた歌の意味>
どこか遠くから笛の音が聞こえてくる。
その音を聞いただけで涙が流れる。
うなだれていたせいだろうか。

<私の想像を加えた歌の意味>
うなだれてしまうようなことばかり続く毎日だ。
遠くで、昔聞いたことのある祭の笛の音がしている。
涙が流れる。
わけもなくかなしい。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

いつも逢ふ電車の中の小男(こをとこ)の
稜(かど)ある眼(まなこ)
このごろ気になる
 

<私の想像を加えた歌の意味>
電車の中では隣も私と同じような疲れた顔の勤め人だ。
ああ、またあの小男だ。通勤の時間が重なるんだろう。いつも不機嫌な目つきだ。
ウン?目があった。いやに角のある目つきだなあ。私を睨んでいるのか?でも、それも私の思い過ごしか。
この頃の私の気持ちのせいで、誰の目つきも角のあるものに見えるのか。

<歌の感想>
 生活のために働き、啄木は、一介の給料取りとして、社会の一部品に組み込まれた生活を送っていたのだろう。
 だが、型にはまったような暮らしに、埋もれまいともがいている作者の感覚を感じる。

※以前の記事を改めた。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

大いなる彼の身体(からだ)が
憎かりき
その前にゆきて物を言ふ時

<私の想像を加えた歌の意味>
何度見ても大きな体をしているなあ。
私には大きく見えてしまうのか。
だんだんに、あの大きさが憎らしくなってきた。
あいつの前で物を言うと、話の内容よりも、体の大きさに気おされてしまう。

<歌の感想>
 啄木は、誰の前に出ても威圧されたり、遠慮したりしない人物のように感じてきた。自負心は、人一倍強いであろう。だが、こんな風に相手に威圧されることもあるのだ。
 自分の才能が一番だと思っているだけに、一目置かざるをえない人に会うとこういう気持ちになるのだろう。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より

非凡なる人のごとくにふるまへる
後(のち)のさびしさは
何にかたぐへむ

<私が考えた歌の意味>
自分がいかにも非凡な人であると思われるような振る舞いをした。
そんなことをした後のさびしさを、どうやって取り返せばよいというのか。
※「かたぐへむ」の意味が分からなかったので、前後関係から考えた。

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