万葉集のかたわらにキーボード

万葉集を中心に、古典から近代まで和歌、短歌を気の向くままに読んでいます。記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

212衾道を 引手の山に 妹を置きて 山道を行けば 生けりともなしふすまじを ひきでのやまに いもをおきて やまぢをいけば いけりともなし妻のなきがらを葬って、山道を家へと戻る。家に戻っても、妻のなきがらさえも見ることはできない。私にはもう生きる気力もない。…
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211去年見てし 秋の月夜は 照らせれど 相見し妹は いや年離るこぞみてし あきのつくよは てらせれど あいみしいもは いやとしさかる今夜は月が美しい。去年の秋の夜は妻といっしょに月を眺めていた。月は変わりなく夜空を照らしている。それなのに、いっしょに見た妻
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208秋山の 黄葉を繁み 惑ひぬる 妹を求めむ 山道知らずもあきやまの もみぢをしげみ まどいぬる いもをもとめん やまぢしらずも妻はこの世にもういない。いや、妻と永遠に会えないなどとは思わない。妻はもみじの山に迷い込んだだけなのだ。もみじがあまりに繁ってい
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柿本朝臣人麻呂の、妻死して後に泣血哀慟して作りし歌二首かきのもとのあそみひとまろの、つまししてのちに きゅうけつあいどうして つくりしうたにしゅ柿本人麻呂の妻が死にました。妻が死んだことを知った人麻呂は激しく泣き悲しみました。そのときに作った歌。207天飛ぶ
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168ひさかたの 天見るごとく 仰ぎ見し 皇子の御門の 荒れまく惜しもひさかたの あめみるごとく あうぎみし みこのみかどの あれまくおしも皇子がお元気だったときには、皇子を敬い慕う人々がたくさん宮殿に集まっていた。そのころは皇子の宮殿に行くのが楽しみで、宮
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135つのさはふ 石見の海の 言さへく 辛の崎なるつのさわう いわみのうみの ことさえく からのさきなるいくりにそ 深海松生ふる 荒磯にそ 玉藻は生ふるいくりにそ ふかみるおうる ありそにそ たまもはおうる玉藻なす なびき寝し児を 深海松の 深めて思へどたま
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柿本朝臣人麻呂、石見国より妻を別れて上り來る時の歌二首 併せて短歌かきのもとのあそみひとまろ、いわみのくにより つまをわかれて のぼりくるときのうたにしゅ あわせてたんか柿本人麻呂が、石見の国に妻を置いて、都に戻った時に作った歌二首。長歌とともに作った短
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巻三 401大伴坂上郎女、親族を宴する日に吟ふ歌一首おおともさかのうえのいらつめ、うがらをえんするひにうたううたいっしゅ山守りが ありける知らに その山に 標結ひ立てて 結ひの恥しつ    やまもりが ありけるしらに そのやまに ゆいゆいたてて ゆいのはじし
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木綿畳手に取り持ちてかくだにもわれは祈ひなむ君に逢はじかも大伴坂上郎女ゆうだたみ てにとりもちて かくだにも われはこいなん きみにあわじかもおおとものさかのうえのいらつめ気持ちを集中させてこんなにも一心不乱にお祈りをしています。天候の順調を願い、作物の
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黒髪に 白髪交じり 老ゆるまで かゝ恋には いまだあはなくにくろかみに しらかみまじり おゆるまで かかるこいには いまだあわなくに艶めいていた私の黒髪も白髪が交じるようになりました。年を取ったことをつくづく感じます。そんな年齢になってこんなにもあなたに
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事もなく 生きましもの を老いなみに かかる恋にも 我はあへるかもこともなく いきましものを おいなみに かかるこいにも われはあえるかもこれまでは平凡で無難に生きてきました。それが、いろいろと経験を積み、それなりの年齢になった今、こんなにも激しい恋心を
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この世には 人言繁し 来む世にも 逢はむわが背子 今ならずともこのよには ひとごとしげし こんよにも あわんわがせこ いまならずとも  この世であなたと私がいっしょになるには世間の口がうるさすぎます。互いの事情をかなぐり捨てて、別の世界で暮らしましょう。今
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わが背子に または逢はじかと 思へばか 今朝の別れの すべなかりつる  わがせこに またはあわじかと おもえばか けさのわかれの すべなかりつる今お別れをすると、もう二度と逢えないような気がします。だからなのでしょうか、今朝のあなたを見送るとき、優しい言葉
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本屋のとなりは写真館 のカテゴリー「万葉集 私なりに読む」を移転、独立させました。 口語訳のような文章になっていますが、口語訳や解釈ではありません。私なりに、万葉集の歌から受け取ったことや、万葉集についての口語訳や注釈から理解できたことを書いていきます。
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