万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 よりこそこその話がやがて高くなりピストル鳴りて人生終る<私の想像を加えた歌の意味>小声の言い争い声がだんだん高くなる。その声をかき消してピストルの音が響く。一人の人生が終わる。<歌の感想> この歌の意味が分からない。…
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より尋常のおどけならむやナイフ持ち死ぬまねをするその顔その顔<私の想像を加えた歌の意味>ナイフを持って自分を刺す。それは真似でしかない。刺す真似をしている自分の顔をまじまじと見る。死ぬ真似をしている私の顔は、真剣で、
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より浅草の凌雲閣(りょううんかく)のいただきに腕組みし日の長き日記かな<私の想像を加えた歌の意味>あの日は浅草の凌雲閣の最上階に上った。そこで、腕組みをして下を見下ろした。まるで、私が眼下の全ての上に立ったように。そ
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 よりことさらに燈火(ともしび)を消してまぢまぢと思ひてゐしはわけもなきこと<私の想像を加えた歌の意味>いつもはそんなことをしないのに、部屋の明かりを消している。その暗い部屋で、あることを思い詰めている。思い続けていな
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万葉集 巻一 54巨勢山の つらつら椿 つらつらに 見つつ偲はな 巨勢の春野をこせやまの つらつらつばき つらつらに みつつしのわな こせのはるのを<私の想像を加えた歌の意味>ここ巨勢山では椿の葉が幾重にも茂っています。この秋の椿を、幾度も眺めてください。
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万葉集 巻一 53藤原の 大宮仕へ 生れつくや 娘子がともは ともしきろかもふじわらの おおみやつかえ あれつくや おとめがともは ともしろきかも<私の想像を加えた歌の意味>藤原宮に宮仕えできる年齢に生まれた乙女たちを羨ましく思います。新しい藤原宮で、宮仕
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 よりあたらしき背広など着て旅をせむしかく今年も思ひ過ぎたる<私が考えた歌の意味>買ったばかりの新しい背広を着て、旅に出てみようと思う。そんなことを考えているだけで、結局、背広を新しくもせず旅にも行かない。何も新しいこ
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より何がなしに息きれるまで駆け出してみたくなりたり草原(くさはら)などを<私が考えた歌の意味>草原を息が切れるまで走ってみたくなった。わけもなく、ただ駆けてみたくなった。そうすれば、今のこの気分から抜け出せるかもしれ
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 よりよく笑ふ若き男の死にたらばすこしはこの世のさびしくもなれ<私の想像を加えた歌の意味>よく笑う若い男だ。ああいう奴を朗らかな人と言うのだろう。ああいう悩みなどないという顔をした男が死んでしまったら、すこしはこの世も
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より目の前の菓子皿などをかりかりと噛みてみたくなりぬもどかしきかな<私の想像を加えた歌の意味>思っていることが何一つ進まない。私の才能を誰も認めようとしない。何をしてもうまくいかなくもどかしい。何もせずにいるのももど
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万葉集 巻一 52やすみしし わご大君 高照らす 日の皇子やすみしし わごおおきみ たかてらす ひのみこあらたへの 藤井が原に 大御門 始めたまひてあらたえの ふじいがはらに おおみかど はじめたまいて埴安の 堤の上に あり立たし 見したまへばはにやすの 
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万葉集 巻一 51采女の 袖吹きかへす 明日香風 京を遠み いたづらに吹くうねめの そでふきかえす あすかかぜ みやこをとおみ いたずらにふく<私の想像を加えた歌の意味>今、ここ明日香の風は空しく吹いています。もしも、都が移らなければ、この風は美しい女官の
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 よりかの船のかの航海の船客(せんかく)の一人にてありき死にかねたるは<私が考えた歌の意味>かの船から降り立った。かの航海の乗客の一人となっただけだった。かの船に乗り込む時には、船から身を投げようという気持ちもあった。
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 次の二首を比べると、作者の心の状態の違いが見えてくる。まれにあるこの平なる心には時計の鳴るもおもしろく聴く死ね死ねと己を怒りもだしたる心の底の暗きむなしさ 一首目からは、穏やかではあるが、生き生きと日常の事柄を受け止めている気分が伝わってくる。二首目は
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 より親と子とはなればなれの心もて静かに対(むか)ふ気まづきや何(な)ぞ<私が考えた歌の意味>親と子が向かい合って座っている。特別に話があるわけでもないので、会話は途切れる。親子だが、それぞれに思っていることは違ってい
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万葉集 巻一 50やすみしし わが大君 高照らす 日の皇子やすみしし わがおおきみ たかてらす ひのみこあらたへの 藤原が上に 食す国を 見したまはむとあらたえの ふじわらがうえに おすくにを めしたまわんとみあらかは 高しらさむと 神ながら 思ほすなへに
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石川啄木『一握の砂』「我を愛する歌」 よりけものめく顔あり口をあけたてすとのみ見てゐぬ人の語るを<私が考えた歌の意味>まるで獣のような顔だなあ。その獣が口を開けたり閉じたりしている。そんな風に見ていて、人が語っている中身などちっとも聞いていなかった。
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