万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

万葉集 巻二 219 吉備津采女が死んだ時に、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌 (217~219)※以前の記事を改めた。 そら数ふ 大津の児が 逢ひし日に 凡に見しくは 今ぞ悔しきそらかぞう おおつのこらが あいしひに おおにみしくは いまぞくやしき<私の想像を…
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万葉集 巻二 218 吉備津采女が死んだ時に、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌 (217~219)※以前の記事を改めた。楽浪の 志賀津の児らが 罷り道の 川瀨の道を 見ればさぶしもささなみの しがつのこらが まかりじの かわせのみちを みればさぶしも<私の想像を
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万葉集 巻二 217 吉備津采女が死んだ時に、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌 (217~219)※以前の記事を改めた。秋山の したへる妹 なよ竹の とをよる児らはあきやまの したえるいも なよたけの とおよるこらはいかさまに 思ひ居れか 拷縄の 長き命をいかさ
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万葉集 巻二 216 或る本の歌に言う (213~216)※以前の記事を改めた。家に来て 我が屋を見れば 玉床の 外に向きけり 妹が木枕いえにきて わがやをみれば たまどこの よそにむきけり いもがこまくら<私が考えた歌の意味>なきがらを葬って家に戻った。家の中を
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万葉集 巻二 214 或る本の歌に言う (213~216)去年見てし 秋の月夜は 渡れども 相見し妹は いや年離るこぞみてし あきのつくよは わたれども あいみしいもは いやとしさかる<私の想像を加えた歌の意味>亡き妻の姿がだんだんに薄れていく。時の流れは変化がな
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石川啄木『一握の砂』「煙」 より神有りと言ひ張る友を説きふせしかの路(みち)ばたの栗の樹の下(もと)<私が考えた歌の意味>神は存在すると、友達は言い張る。私は友のその主張を覆した。友とそんな論争をしたのは、あの道端の栗の大樹の下だった。<歌の感想> 懐か
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石川啄木『一握の砂』「煙」 より盛岡の中学校のバルコンの欄干(てすり)に最一度(もいちど)われを倚(よ)らしめ<私が考えた歌の意味>盛岡中学校のバルコニーを思い出す。あの手すりにもう一度よりかかって、周りを眺めてみたい。かなうものなら、私をあの場所にもど
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万葉集 巻二 212 或る本の歌に言う (213~216)うつそみと 思ひし時に たづさわり 我が二人見しうつそみと おもいしときに たづさわり わがふたりみし出で立ちの 百枝槻の木 こちごちに 枝させるごといでたちの ももえつきのき こちごちに えださせるごと春
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与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より額(ぬか)ごしに暁(あけ)の月みる加茂川の浅水色(あさみづいろ)のみだれ藻染(もぞめ)よ<私が考えた歌の意味>上向いて、明け方の月を見る。目を移すと加茂川の川面は薄い水色。水面に藻が乱れて模様となり、その模様が薄い水
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万葉集 巻二 212 柿本朝臣人麻呂が、妻が死んだ後に、泣き悲しんで作った歌二首と短歌(207~212) ※以前の記事を改めた。衾道を 引手の山に 妹を置きて 山道を行けば 生けりともなしふすまじを ひきでのやまに いもをおきて やまぢをいけば いけりともなし<私
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万葉集 巻二 211 柿本朝臣人麻呂が、妻が死んだ後に、泣き悲しんで作った歌二首と短歌(207~212) ※以前の記事を改めた。去年見てし 秋の月夜は 照らせれど 相見し妹は いや年離るこぞみてし あきのつくよは てらせれど あいみしいもは いやとしさかる<私が考
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石川啄木『一握の砂』「煙」 よりストライキ思ひ出でても今は早や吾が血踊らずひそかにさびし<私が考えた歌の意味>ストライキのことを思い出しても、今はもうあの時のように興奮はしない。働く者たちの要求を闘い取ろうと、情熱を傾けた気持ちが消えてしまった。血が踊る
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石川啄木『一握の砂』「煙」 より夏休み果ててそのまま帰り来ぬ若き英語の教師もありき<私の想像を加えた歌の意味>夏休みが終わったのに、学校に来ない英語の教師がいた。あの若い英語の教師は、夏休みが終わっても学校に戻る気がなくなったのだろう。あの教師が、教師と
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石川啄木『一握の砂』「煙」 より今は亡き姉の恋人のおとうととなかよくせしも悲しと思ふ<私の想像を加えた歌の意味>今は亡き姉には恋人がいた。その恋人の弟と仲良くなり、共に楽しい時間を過ごした。姉が亡くなり、姉の恋人の弟とも疎遠になった。姉が生きていたころの
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万葉集 巻二 210 柿本朝臣人麻呂が、妻が死んだ後に、泣き悲しんで作った歌二首と短歌(207~212)※以前の記事を改めた。 うつせみと 思ひし時に 取り持ちて 我が二人見しうつせみと おもいしときに とりもちて わがふたりみし走り出の 堤に立てる 槻の木の こ
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万葉集 巻二 209 柿本朝臣人麻呂が、妻が死んだ後に、泣き悲しんで作った歌二首と短歌(207~212)※以前の記事① 以前の記事②を改めた。もみち葉の 散り行くなへに 玉梓の 使ひを見れば 逢ひし日思ほゆもみちばの ちりゆくなえに たまづさの つかいをみれば あ
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万葉集 巻二 208 柿本朝臣人麻呂が、妻が死んだ後に、泣き悲しんで作った歌二首と短歌(207~212)※以前の記事を改めた。秋山の 黄葉を繁み 惑ひぬる 妹を求めむ 山道知らずもあきやまの もみじをしげみ まどいぬる いもをもとめん やまじしらずも<私が考えた歌
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