万葉集のかたわらにキーボード

記事は、原文に忠実な現代語訳や学問的な解釈ではありません。 私なりにとらえた歌の意味や、歌から思い浮かぶことを書いています。

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 ブログ筆者、病気治療専念のため、ブログの更新を2019年一杯お休みします。
 来年の再開を目指していきます。

          ブログ筆者 美井野 円筆(びいの えんぴつ)

万葉集 巻三 261 柿本朝臣人麻呂が新田部皇子に奉った歌一首と短歌

やすみしし わが大君 高光る 日の皇子
やすみしし わがおおきみ たかひかる ひのみこ

しきいます 大殿の上に ひさかたの 天伝ひ来る
しきいます おおとのうえに ひさかたの あまづたいくる

雪じもの 行き通ひつつ いや常世まで
ゆきじもの いきかよいつつ いやとこよまで

<私の想像を加えた歌の意味>
我が皇子様のいらっしゃる御殿の上に、雪がどんどんと降り継ぐ。
この絶えることなく降り続く雪のように、いつまでもいつまでも皇子様にお仕えしましょう。

石川啄木『一握の砂』「煙」 より

うすのろの兄と
不具(かたは)の父もてる三太はかなし
夜も書(ふみ)読む


<私が考えた歌の意味>
知的な障害をもつ兄と身体に障害のある父。
三太の家族はそのような状況にある。
頭脳も身体も健康な三太は、兄や父の面倒をよく見る。
昼間忙しい三太は、夜も寝ずに読書に耽る。
そんな三太の生活を思うと、三太への同情と励ましの気持ちが強まる。

西行 山家集 上巻 春 48

玉章の はしがきかとも 見ゆるかな 飛び遅れつつ 帰る雁がね 
たまづさの はしがきかとも みゆるかな とびおくれつつ かえるかりがね 

<私が考えた歌の意味>
手紙の余白の添え書きにも見える。
整然と列をなす雁の群れに、遅れながら飛んでいく雁の姿が。

<私の想像を加えた歌の意味>
きれいに隊列を組んで雁が北へ帰っていく。
おや、後ろから行くあの一羽は列から遅れたのか。
一羽だけでなく、また一羽が遅れながらも群れの後を飛んでいる。
だんだんに離れていく隊列と、それに遅れて飛ぶ数羽の雁の姿。
その遅れた雁は、まるで、手紙の余白に書かれた添え書きのようだ。
春の空に、手紙の本文とその添え書きが遠ざかっていく。

<歌の感想>
 譬えのおもしろさと言ってしまえば、それまでであるが、単なる譬えを超えた作者の見方が伝わってくる。
 手紙の添え書きには、本文とは異なる書き手の感情が書かれている場合がある。まるでそれを思わせるように、整然とした隊列の雁だけでなく、そこに乱れや余情を生み出す数羽の遅れた雁が飛ぶ。
 風景の微かな破綻を楽しむ作者を感じる。

西行 山家集 上巻 春  47

雁がねは 帰る道にや 迷ふらん こしの中山 霞隔てて
かりがねは かえるみちにや まようらん こしのなかやま かすみへだてて

<私が考えた歌の意味>
雁の群れは、北へと戻る。
一度渡ってきた空の道だが、雁は迷っているだろう。
こしの中山が霞の中で、すっかり見えなくなっているから。

<私の想像を加えた歌の意味>
春霞に、こしの中山がすっぽりと覆われている。
これでは、北国に帰る雁の群れも帰り道に迷うではないか。
空行く雁のことが心配になるほどの春霞の景色だ。

西行 山家集 上巻 春 46

霞の中の帰雁
なにとなく おぼつかなきは 天の原 霞に消えて 帰る雁がね
なにとなく おぼつかなきは あまのはら かすみにきえて かえるかりがね

<私が考えた歌の意味>
なんということもないのだが、もの足りないような心残りなような気持になる。
遠くの空の霞に消えていく雁を眺めていると。
雁はもう帰ってしまうのだ。

<歌の感想>
 「おぼつかなき」としているのは、雁がいなくなることでも、雁の気持でもないのであろう。「霞に消えて帰る雁がね」の様子から感じられる春の風情そのものが、「おぼつかなし」の対象だと感じる。

万葉集 巻三 260 或る本の歌に言う 

天降りつく 神の香具山 うちなびく 春さり来れば

あもりつく かみのかぐやま うちなびく はるさりくれば

桜花 木の暗茂に 松風に 池波たち
さくらばな このくれしげに まつかぜに いけなみたち 

辺つへに あぢむら騒き 沖辺には 鴨つま呼ばひ 
へつへに あじむらさわき おきへには かもつまよばい 

ももしきの 大宮人の まかり出て 漕ぎける舟は
ももしきの おおみやひとの まかりでて こぎけるふねは

梶も なくてさぶしも 漕がむと思へど
さおかじも なくてさぶしも こがんとおもえど

<私の想像を加えた歌の意味>
香具山に春がきた。
香具山の麓の池の周りに桜が咲き、木暗いほどだ。
池には松風が吹き渡り、池の面に波が立っている。
岸辺に、あじ鴨の群れが騒ぎ、沖に、雄鴨が妻を呼び鳴いている。
明るい春の景色、昔の都にふさわしい。
それなのに、昔の大宮人が漕いだ舟は、棹も梶もなく、寂しい。
昔のように、漕ごうと思うけれども。


※巻三 257 <私の想像を加えた歌の意味>
香具山に、春に来て景色を眺めた。

香具山の麓の池では、松の木を渡って風が吹き、池の面に波が立っている。
池のまわりには木暗いほどに桜の木が茂り、盛んに花を咲かせている。
池の沖では鴨が妻を呼び、岸の方ではあじ鴨の群れが騒いでいる。
いかにも明るい春の景色であり、昔の都にふさわしい華やかさだ。
それなのに、昔の大宮人が遊んだ舟は、梶も棹もなく、漕ぐ人もいない。
やはり、ここに昔の都の賑わいを求めることはできない。

<歌の感想>
 260の方が、何度もあるいは幾人もによって、推敲されたように感じる。修辞上から見れば、260が257よりも洗練されているといえる。しかし、歌の調子から見ると、260が257よりも上だとは感じられない。このあたりに、一部分しか違わない二首の長歌が万葉集に取り上げれれている理由がある、と感じる。
 

与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

おばしまにおもひはてなき身をもたせ小萩をわたる秋の風見る

<私が考えた歌の意味>
窓辺の手すりに寄りかかって外を見ています。
今の私の心は、物思いでいっぱいです。
悩みのつきないこの身を手すりにもたせて、小萩をわたってくる秋の風を感じています。

※四つの記事になっていたものを統一し、一部を改めた。

万葉集 巻二 199 高市皇子尊(たけちのみこのみこと)の城上(きのえ)の殯宮(ひんきゅう)の時に、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌

※長歌全体を四段に区切って考えた。区切り方は、新日本古典文学大系 萬葉集 岩波書店によった。

※第一段

かけまくも ゆゆしきかも 言はまくも あやに恐き
かけまくも ゆゆしきかも いわまくも あやにかしこき

明日香の 真神の原に ひさかたの 天つ御門を
あすかの まかみのはらに ひさかたの あまつみかどを

恐くも 定めたまひて 神さぶと 岩隠ります
かしこくも さだめたまいて かんさぶと いわかくります

<私の想像を加えた歌の意味>※第一段
高市皇子の父であられる天武天皇は、明日香の真神の原に、宮殿をお造りになり、お亡くなりになられた。


※第二段

やすみしし 我が大君の 聞こしめす 背面の国の
やすみしし わがおおきみの きこしめす そとものくにの

真木立つ 不破山越えて 高麗剣 和射見が原の
まきたつ ふわやまこえて こまつるぎ わざみがはらの

行宮に 天降りいまして 天の下 治めたまひて
かりみやに あもりいまして あめのした おさめたまいて

食す国を 定めたまふと 鶏が鳴く 東の国の
おすくにを さだめたもうと とりがなく あずまのくにの

御軍土を 召したまひて ちはやぶる 人を和せと
みいくさを めしたまいて ちはやぶる ひとをやわせと

まつろはぬ 国を治めと 皇子ながら 任けたまへば
まつろわぬ くにをおさめと みこながら まけたまえば

大御身に 太刀取り佩かし 大御手に 弓取り持たし
おおみてに たちとりはかし おおみてに ゆみとりもたし

御軍土を 率ひたまひ 整ふる 鼓の音は
みいくさを あどもひたまい ととのうる つづみのおとは

雷の 声と聞くまで 吹き鳴せる 小角の音も
いかずちの こえときくまで ふきなせる くだのおとも

あたみたる 虎か吼ゆると 諸人の おびゆるまでに
あたみたる とらかほゆると もろひとの おびゆるまでに 

ささげたる 旗のまねきは 冬ごもり 春さり来れば
ささげたる 旗のまねきは ふゆごもり はるさりくれば

野ごとに 付きてある火の 風のむた なびかふごとく
のごとに つきてあるひの かぜのむた なびこうごとく

取り持てる 弓弭の騒き み雪降る 冬の林に
とりもてる ゆはずのさわき みゆきふる ふゆのはやしに

つむじかも い巻き渡ると 思ふまで 聞きの恐く
つむじかも いまきわたると おもうまで ききのかしこく

引き放つ 矢の繁けく 大雪の 乱れて来れ 
ひきはなつ やのしげけく おおゆきの みだれてきたれ 

まつろわず 立ち向かひしも 露霜の 消なば消ぬべく 
まつろわず たちむかいしも つゆしもの けなばけぬべく 

行く鳥の 争ふはしに 渡会の 斎宮ゆ 
ゆくとりの あらそうはしに わたらいの いつきのみやゆ

神風に い吹き惑はし 天雲を 日の目も見せず
かんかぜに いふきまどわし あまぐもを ひのめもみせず

常闇に 覆ひたまひて 定めてし 瑞穂の国を
とこやみに おおいたまいて さだめてし みずほのくにを

神ながら 太敷きまして やすみしし 我が大君の
かんながら ふとしきまして やすみしし わがおおきみの

天の下 奏したまへば 万代に 然しもあらむと
あめのした もうしたまえば よろずよに しかしもあらんと

<私の想像を加えた歌の意味>※第二段
天武天皇は、高市皇子に、まだ従わない国を治めよと命じられた。
高市皇子は、自ら太刀を身につけ、弓を持たれて、軍勢に号令される。
その軍勢の太鼓の音は雷鳴のごとく、角笛の音は虎の咆哮のごとく、敵を怯えさせる。
その軍勢の掲げる旗は春の野火のごとく、弓の唸りは冬のつむじ風のごとく、放つ矢は大雪のごとく、敵を攻める。
敵も命を惜しまず刃向かうが、神風が吹き渡り、ついに高市皇子の率いる軍勢が、敵を打ち負かした。


※第三段
木綿花の 栄ゆる時に 我が大君 皇子御門を
ゆうはなの さかゆるときに わがおおきみ みこのみかどを

神宮に 装ひまつりて 使はしし 御門の人も
かんみやに よそいまつりて つかわしし みかどのひとも

白たへの 麻衣着て 埴安の 御門の原に
しろたえの あさごろもきて はにやすの みかどのはらに

あかねさす 日のことごと 鹿じもの い這ひ伏しつつ
あかねさす ひのことごと ししじもの いはいふしつつ

ぬばたまの 夕に至れば 大殿を 振り放け見つつ
ぬばたまの ゆうへにいたれば おおとのを ふりさけみつつ

鶉なす い這ひもとほり 侍へど 侍ひ得ねば
うずらなす いはいもとおり さもらえど さもらいえねば

春鳥の さまよひぬれば 嘆きも いまだ過ぎぬに
はるとりの さまよいぬれば なげきも いまだすぎぬに

思ひも いまだ尽きねば 言さへく 百済の原ゆ
おもいも いまだつきねば ことさえく くだらのはらゆ

神葬り 葬りいませて あさもよし 城上の宮を
かんはぶり はぶりいませて あさもよし きのえのみやを

常宮と 高くしたてて 神ながら 鎮まりましぬ
とこみやと たかくしたてて かんながら しずまりましぬ

<私の想像を加えた歌の意味>※第三段
めでたく栄えていた、その高市皇子が亡くなられた。
従者たちは昼夜を問わず、嘆き悲しむ。
悲しみも憂いもまだ消えないが、亡き皇子は城上の宮に葬られた


※第四段
然れども 我が大君の 万代と 思ほしめして
しかれども わがおおきみの よろずよと おもおしめして

作らしし 香具山の宮 万代に 過ぎむと思へや
つくらしし かぐやまのみや よろずよに すぎんとおもえや

天のごと 振り放け見つつ 玉だすき かけて偲はむ
あめのごと ふりさけみつつ たまだすき かけてしのわん

恐くありとも
かしこくありとも

<私の想像を加えた歌の意味>
わが高市皇子がお造りになられた香具山の宮は、永遠になくならないと思われる。
これからも香具山の宮を仰ぎ見て、いつまでも高市皇子を偲ぶことだろう。

<歌の感想>※199の長歌全体
 一句一句に沿って意味をとっていくと、うまくつながらない所がある。歌の意味というよりも、要点を押さえるつもりで考えた。
 口語訳を参考に、要点を押さえて、原文を音読すると、天武天皇と高市皇子の二人の指導者の姿が浮かび上がってくる。韻文でありながら、歴史と歴史上の人物の偉業が表現されている。
 なぜ、歌という形式で、このような表現が可能なのか不思議でさえある。スケールの大きさと指導者の死を崇高に描くことができているのは確かだと思う。

与謝野晶子 『みだれ髪』 臙脂紫 より

なにとなく君に待たるるここちして出でし花の野の夕月夜かな

<私が考えた歌の意味>
なんとなくあなたが待っているような気がします。
あなたに逢おうと外へ出ます。
外を歩くと、花咲く野に、夕月がかかります。

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